柔らかなキスC | ナノ


2012-05-03


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 井坂家で【一家心中】と言う言葉は禁忌とされた。
 それは暗黙の了解といった感じで、誰もがその事実から目を背けた。

 しかし、それは過去を忘れるといった感じではなく、未来を守る為と言った方が合っているのだろう。
 一家心中の事実を外にばらす事は、朝比奈家を井坂の家から追い出すことと同様だったからだ。
 両親だけなら、心中事件で済んだのだが、幼い朝比奈に意思能力はない。
 その幼子を心中に巻き込む事は、殺人そのものだからだ。
 それが未遂に終わったとはいえ、そこに殺意が存在する以上、首謀者である彼の両親は殺人未遂容疑で立件されてしまう。
 親父は、その事を配慮したうえで、我が家で面倒を見始めたのだろう。
 幼い朝比奈がこれ以上、傷付かない様に…。



「もう、大丈夫です。
 ありがとうございます、龍一郎様…」

 二人でベッドに横になって、朝比奈の髪を撫でていた俺の手に、己の手を重ねて朝比奈はそう言った。
 俺の前には、いつもの朝比奈薫が居る。


 幼い頃の記憶は、頭の片隅にあったものの、大人になってから思いだす事はなかった。

 しかし、付き合って間もないある日、隣で眠る朝比奈がうなされているのに気付いた。
 心配になって起こせば『あぁ、またあの夢です』と苦笑する朝比奈を見て、俺の脳内に幼いころの記憶が一気に蘇った。
 書き重ねられた記憶によって、日常的に思いだす事がなくなっただけで、きっかけがあればスグに思いだせるくらい、幼い俺にとっては印象的な出来事だったのだ。

 しかし、俺の傍観的な記憶と違い、直接その夢を見る朝比奈は、二十数年経っても尚、あのおぞましく恐ろしい記憶と戦っていた。
 でも、俺は過去の事として、どこかに置き忘れてきてしまっていたようで、小さな俺が約束した「独りにしない」という言葉を実行出来ていなかった事に酷く後悔した。
 そんな俺を見て、朝比奈はこう言った。


『あの後、夢の最後が変わったんですよ…。
 最後に、小さな龍一郎様が出てきて「もうダメだ」「死んじゃった」って言う大人に向かって「薫は死んでない!俺が死なせない!」って楯突いて下さるんです。
 そして、明るい光の差す方へ、手を引いて行ってくれるんです。
 だから、目覚めた後、寂しくなかった…。
 私には、龍一郎様が居るんだと、いつも思う事ができましたから…』


 俺はそれが酷く嬉しくて、朝比奈の前で歳甲斐もなく泣いてしまった…。



 朝比奈家が井坂の家に来てから二十余年経った今でも、一家心中を口外しない暗黙の了解は生きていて、朝比奈は井坂の家に迷惑が掛かるとカウンセリングを受けようとしない。
 『じゃぁ、俺に迷惑がかかるのはイイのか?』と言えば、朝比奈も考え直すかもしれないのだが、敢えて言わない。

「龍一郎様?」
「なんだ?」
「キス、してもイイですか?」

 朝比奈は正常に戻るとキスをせがんだ。
 断る理由がない俺は、その頬を柔らかく両手で包んで、キスしてやる。

「久々に見てました…夢…。
 近頃は、全く見なかったんですが…」
「"小さな龍一郎様"は出てこなかったのか?」
「いえ…。今回は、途中で目が覚めてしまって…」
「…そうか…」

 結局、俺が側に居ても根本的な解決になっていないのは、わかっている…。

「なぁ、朝比奈…」
「はい、なんでしょう?」
「充電が…、足りないのかもな?」

 クスっと笑ういつもの朝比奈。

「そうですね、龍一郎様が足りません…」
「仕方ないから、今日は一日中、ベタベタしてやる、感謝しろ!」
「はい、龍一郎様…」

 朝比奈は嬉しそうに俺を抱き締める。


 ああ、いくらでもくれてやる。
 この柔らかなキスでその傷が癒せるなら…。


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ちょっと悲しい過去のお話。
ミスのミニマムもっと書きたいぜ!

途中で、差押えだのバブルだの出てきますが、突っ込みは不要です。
バカだからどこまでちゃんと書けてるか不安…ははは。
不勉強で申し訳ない…。


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