Natural American SpiritD | ナノ


2012-04-23


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「では、ごゆっくり」
「はい、お手間をお掛けしました」

 龍一郎が待つ部屋の前で、朝比奈はホテルマンに丁寧に礼を述べる。
 ホテルマンによって引かれた扉に一歩踏み込んだ朝比奈は、迷わず寝室に向かい、その扉を勢いよく開けた。

 キングサイズのベッドの上には、男が二人。
 一人は、上半身裸の龍一郎。
 もう一人は、それを組み敷いている、小沢圭吾。

 小沢は、龍一郎のベルトのバックルに手を掛けていたが、扉の開いた音に、驚くでもなく、ゆっくりと朝比奈に目をやり「早いよ、帰ってくんの」と舌打ち混じりに文句を言って、龍一郎の上から退散し、ベッドの縁に腰を掛けた。

 小沢の背中を睨む朝比奈は、呼吸を整える様に、鼻からゆっくり息を吸うと、口から短く吐き出し、背を伸ばす。

 いつもの足取りでベッドに近付くと、横たわる龍一郎の様子を伺う。

「龍一郎様?」

 頬に手を当てると、猫の様に擦り寄せてくる。
 寝ぼけているのかと、一瞬思ったが、覗き込んだ目は、睡魔に襲われた様に見えない。
 それは、今までに見た事のない龍一郎の表情。
 朝比奈は本能的に何か悪戯をされたのだと察した。

「あなた、何かしましたね」

 小沢は、足元に落ちたジャケットを拾い、その中からタバコとマッチを取り出す。
 火を付けると、朝比奈の方に顔だけを向け、紫煙を吐きながら「ん〜と、ちょっとね」と足を組み直し、天井を見上げる。

 いちいち気障な動きをする小沢に嫌悪しながら、朝比奈は辺りの様子を伺う。
 ふと、サイドテーブルに置かれた水の影に隠れていた錠剤シートを見付け、手に取った。

「それはノルモレスト。
 睡眠薬だけど、多量摂取するとラリるんだよ、それ」

 朝比奈の眉が、ピクリと動く。

「失礼ですが、"それは"と言うのは、どういった意味と捉えればよいのでしょうか?」
「ん?ベンザリンも…。
 あぁ、これも同じようなクスリなんだけどね。
 それも、さっき酒に混ぜて飲ませたの」

 本来、警察や救急車を呼ぶべきだが、龍一郎の立場を考えると、躊躇ってしまう。
 小沢は、こんな、通報されかねない状況の中、なぜ一服できるのだろう…、自分と恋人はその掌の上で転がされているだけなのだろうか?などと考えていると、朝比奈は強く握ったその拳を柔らかなベッドに押し当てる事しかできない。

 気休めにしかならないだろうが、腕から脈を取る。
 自分の脈より少し早いが、異常なスピードではない。

 少し考えた朝比奈は、念の為、嘔吐に備えることにした。
 朝比奈が「座りましょうか、龍一郎様」と、優しく耳元で囁き抱っこすると、龍一郎の口から「あさひなぁ」と自分を呼ぶ声が聞こえる。

 恋人の立場、相手の立場、自分の立場…。
 頭の中でグルグルと歯痒い感情が回る。

 力なく朝比奈に抱きつこうとする龍一郎の上半身を起こし、ベッドヘッドと背の間に枕を挟んで、座り姿勢を取らせると、髪を撫でてやる。
 すると、気持ちがイイのか、ヘナっと笑った龍一郎は、トロリとした目で対面の壁をぼんやりと見詰めとニコニコと機嫌良く笑うのだった。

 本来なら、桶やら水やらを準備したい所だが、再び小沢と龍一郎だけの空間を朝比奈自ら作るなどと言う芸当がどうしても出来ず「ココで吐いてしまったら、ホテルに迷惑になろう」と開き直った朝比奈は、続いて、小沢の隣に腰を掛けた。
 小沢は「灰皿は…」と、背後にあるテーブルに置いてある灰皿まで視線をやるが、取りに行くのが面倒なのか、足で手繰り寄せたミリタリーパーカーから携帯用の灰皿を取り出し、フィルターギリギリのタバコを揉み消す。

「朝比奈さん…だっけ??あんた、カギは?」

 小沢が、新たな煙草に火を点ける。

「フロントで確認して開けてもらいました」

 朝比奈は小沢から火のついたタバコを奪って一服吹かしてみせる。
 吐きだした紫煙が、空気に混じり消える。
 そして、小沢をジッと見つめ、少しの微笑みを見せた。

「なに?アンタが相手してくれんの?」
「さてどうしましょ?」

 そのシャープな顎を掬い「オレ、ヘテロだけど大丈夫?」と、ニヤリと笑った小沢の口元を見詰めた朝比奈は、己の薄い唇をペロリと舐め、薄い微笑みを見せる。
 それは、まるで一晩を誘う娼婦の様。

「龍一郎様も男ですが」
「いいの、このコは、ト・ク・ベ・ツ!」

 いい加減、イライラした朝比奈が、小沢のネクタイを掴んで無理矢理に手繰り寄せる。
 そして、いつもより温度の無い声で「失せろ、この腐れ外道…」と呟き、火の付いたタバコを、小沢に差し向ける。
 その先端にあるのは小沢の額。

「へ?」

 間抜けな声を出した小沢は、次の瞬間、タバコを持った朝比奈の手を盛大に引っ叩く。

「ぎゃぁぁぁっ!」

 大袈裟に叫び、上等なカーペットの上に尻餅を突いた小沢は、自分の額を抑えのた打ち回る。

 少々呆れ顔の朝比奈は、ベッドから立ち上がり、背中の方にあった灰皿までゆっくり歩を進める。
 「そんなに、騒がなくてもよろしいのでは?」と吐き捨てる様に言いながら、手に持ったタバコをフィルターの繊維が解ける程の力を込め、揉み消した。


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