Natural American SpiritA | ナノ


2012-04-17


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 二次会に流れていく作家も居れば、そのまま帰宅する作家もいる。

 龍一郎は…といえば、毎年、決まって朝比奈と、このホテルに宿泊する。
 スイートなどではなく、スタンダードより少し上の部屋に…。
 以前はスイートを取っていたのだが、訳あってランクを下げた。

 その訳というのも「デートなら割り勘にしませんか?」と朝比奈に言われたからだ。

 普段、ブラブラと街歩きなどする時間もなく、いつも家に居ることが多い二人だから、こんな時くらいしか恋人らしくデートできないのだ。
 今まで、女性と適当に遊んでいた龍一郎は、面倒だから全て自分が支払いをしていたが、朝比奈とはちゃんとお付き合いしているのである。
 勿論、朝比奈は龍一郎の財布が好きで付き合っているわけじゃない…。
 龍一郎も、朝比奈を「所有物」なんて言い方をしているが、それはテレ隠しであって、一歩控えて歩くのは、社内だけにしてほしいと心底思ったりする。
 背伸びをせずに、隣に並んでいてほしい。

 だから朝比奈の提案を飲んだ。
 そして、一社員である朝比奈の経済面を考え、部屋をミドルランクに下げ、毎年借り続けている。
 今年で9回目になる。



 フロントに立つと、副支配人がやってきた。
 龍一郎レベルになれば、上得意になり、こうして支配人・副支配人が挨拶しにくることは珍しくない。

「井坂様、いつもありがとうございます」

 そう支配人に挨拶され、その視線が『いつもの方は?』といった目で自分を見ている気がして、一気に居心地が悪くなった。

(自分でも気にし過ぎだと思うが、隣に朝比奈が居ない事が、不自然で仕方ない)

 例え、短時間でも、隣に居ない事に、最近、耐えられなくなっている…と、龍一郎は自分に呆れそうになる。


 差し出された用紙にサインし終わると、ホテルマンが龍一郎のパーソナルスペースの少し外に立ち「お部屋までご案内致します」と頭を下げた。
 が、それをやんわりと断り、キーを受け取ると一人エレベーターに乗り込んだ。



 扉が開くと、宿泊階独特の静けさが龍一郎を包み込む。

 宴が終わると安斎は、朝比奈を攫っていった。
 去り際に『出来るだけ早く戻ります』と耳打ちされ『当たり前だ』と返したものの、本当はその腕を引っ張って、誰も居ない部屋に籠りたかった。
 年末年始、顔を合わせても、周りにたくさん人が居て、手を握る事も出来ず…。
 ハッキリ言ってかなり溜まっているのだ。

「龍一郎君?」

 そんな事を考えながら、部屋へ続く柔らかな廊下を歩いていると、後ろから名を呼ばれた。
 振り向くと、エレベーターホールに一人の男が立っていた。
 龍一郎が着るスーツの仕立てがイタリア風なら、その男はイギリス風と言ったところだろうか…。
 80年代のモッズニュアンスが少し入った細身のスーツ、足もとは編み込みのジョージコックス、胸には薔薇を挿し、その上に人懐っこい笑顔が乗っかっていた。
 外套がミリタリーパーカーとくれば、見る人が見れば聞く音楽も決まってきそうだ…。

 龍一郎はその微笑みに「あぁ、圭吾さん、さっきはどうも」と会釈した。

 小沢圭吾…、大手製紙会社・小沢製紙の次期社長である。
 年齢は龍一郎より10程上だが、ぱっと見は30半ばと言った感じだ。
 その風貌と中身は伴っていて、業界でもちょっと変わり者。
 現・社長である父親の経営方針がおかしいと株主総会で訴えたり、原価割れの紙を作ったり、今まで取引がなかった大手出版社に殴り込みの営業に行ったり…。
 製紙業界のサラブレットでありながら、異端児でもある。

 しかし、異端と言われながらも、着実に業績を伸ばす経営手腕と、その人懐っこい性格に、年長の経営者は一目置き、若手には慕われる結構名の知れた人物なのである。
 龍一郎とは、経団連が若年層の経営者や次期経営者向けに行っている勉強会で知り合いになり、例に漏れず龍一郎も、兄のような存在として小沢を見ている。

 知り合いと分かり、龍一郎は踵を返し、エレベーターホールまで戻ると、圭吾が「廊下は禁煙か…残念」と舌を出してウインクした。

「常識で考えてそうだと思いますよ」
「常識が分からないから、俺…」
「確かに、そうかもしれないですね…」
「あっ、龍一郎くんひど〜い」

 人差指立て、口を尖らせて抗議する様子をみて、大会社の次期社長と誰が思うだろう…と、少しおかしくなった龍一郎は、クスリと笑った。

「というより、上着を引き取ったって事は、お帰りなんでしょ?
 なんで、こんな所に?」
「いや、帰ろうと思ったけど、気が変わってね。
 一泊しようと思って部屋を取ったんだ。
 またクロークに預けるのも面倒だから、そのまま着てきたんだよ」
「この階ですか?」
「うん、そうだよ。
 龍一郎君はなんで居るの?泊まるの?」
「ええ」

 置いてけぼりを食らった事が顔に出そうで、慌てて仮面を付け直した龍一郎に、小沢は「ねぇ、どう?一杯飲みに行かない?」と、エレベーターの上階へのボタンを押しながらウインクした。

 そう言われ、龍一郎は、今は何となく一人になりたくないと思い「是非…」と微笑む。

 そして、いい具合にやってきたエレベーターに乗り込み、最上階にあるラウンジを目指した。


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