2012-04-15
オリキャラが2名ほど出しゃばってます。
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「朝比奈くぅ〜ん!」
そう後ろから声を掛けられた朝比奈は、足を止め振り向いた。
「久しぶりぃ」
声を掛けてきたのは40手前の女性だった。
肩の大きく開いたサテンのドレス。
深いワインレッドの布が露出の高さをフォローしてなかなか美人に仕上げている。
街で声を掛けられたら、どこぞのママかと思う装いだが、幸い、ココには同じように着飾った男女が大勢いるため、変に浮いたりはしない。
「お久しぶりです、安斎先生。
新年会はお楽しみ頂けておりますか?」
朝比奈が挨拶をしたのは、安斎じゅん。
丸川書店文芸部門、いや、日本を代表する人気女流作家だ。
大学在学中に直森賞を取り、その後も順調に執筆を続け、今は都内に十数億の豪邸を持つ。
朝比奈が編集をしていた頃に何度か担当した作家で、その頃から随分と朝比奈を気に入って、毎年開かれる丸川書店新年会でも目敏く朝比奈を見つけ後を追い、酒に誘うのが恒例行事の様になっていた。
が、勿論、そんな事は龍一郎が許さない。
「安斎先生、あけましておめでとうございます」
朝比奈の隣にいた龍一郎が、とびきりの営業スマイルで、安斎に挨拶する。
「あら、貴方も居たの」
いかにも不機嫌な顔をした安斎が、龍一郎を無視して朝比奈に「この後、どう?」と誘いをかける。
「朝比奈は、仕事がありますので」
「あら、残念。じゃ、仕方ないわね」
「では、失礼」
朝比奈が口を出す前に龍一郎はそう言い放ちその場を去ろうとしたが、次の安斎のセリフによって、再び安斎と対峙するほかなかった。
「やっぱり、集談社で書くわ」
「っ!」
安斎が口にしたのは契約の話だ。
実は、安斎原作の映画が秋に公開される。
その版権を持っているのが、ライバル社・集談社である。
丸川書店の文芸誌・コハル、集談社の文芸誌・薫風…、その二冊が安斎のホームグラウンドにしている雑誌だ。
今作品の下馬評は高く、丸川としてはライバル会社が版権を持っているとはいえ、話題性のある作家に書いてもらう事は、既刊本を売るチャンスにもなる。
その為、安斎と契約するべく、昨年半ばより調整を詰めていたのだ。
それを安斎は『書かない』と言い出した。
「今、私が書かないって言ったら困らない?」
「一生、書いてもらわなくてイイ、と言ったらどうする気ですか?」
龍一郎の顔に焦りはない。
とはいえ、元々、焦った様子など人に見せる事がない龍一郎でも、こんな所で契約の話などしたくないのが本心。
「それは、私が困っちゃうわねぇ」
「なら…」
「でも、今まで調整して、契約に漕ぎ付けた社員の努力を無駄にするおつもり??」
「…っ」
安斎が言うのは尤もな話だ。
龍一郎のワガママで、現場に迷惑を掛ける訳にはいかない。
と、考えた所で、選択肢などないのかも知れない…。
ここに居るのは、丸川書店専務取締役という重役ポストについた人間なのだ。
そして、龍一郎は恋人ではなく、専務としての判断を下した。
「…朝比奈、後で安斎先生にお付き合いしろ」