2012-03-01
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玄関で倒れこみそうになった龍一郎をどうにか抱き起こして、靴を脱がせ、そのまま引きずるようにリビングのソファーに降ろすと、皺の付いたジャケットを剥ぎ、既に緩んでいたネクタイを取り去り、バックルやボタン類を緩めてやる。
そんな朝比奈の手元に目を落しながら、龍一郎はトロトロと話し始めた。
酔っ払いの戯言と、聞き流しながら、朝比奈は冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをコップに注ぎ、龍一郎の隣に腰を落とす。
「なぁ、あさひな」
「なんですか?」
「おれ、きょう、スゲー呑んだ」
「そうですね、そんなに呑まないでしょ?いつもは…」
「はしもとさぁ、すげー幸せそうなのよ」
「そうですね。
とてもお幸せそうでしたね」
「彼女もさ、イイ奴なんだよ」
「生憎、倒れていらっしゃったので」
「スゲー、呑むの、アイツの彼女、はは…」
「そのようですね」
「良いな、…彼女って」
「……っ…」
その言葉の意が分からず、龍一郎を見るが、ソファーの背もたれにダラりと身を委ね、低い天井を仰いで、ニコニコ微笑む機嫌の良い龍一郎を見て、ますます意図が見えず、朝比奈は黙り込んでしまった。
「皆に『おめでとう』とか『よかったな』とか。
俺も嬉しかったよ。
三年。
三年で結婚だって。
あと、別のカップルもいてさ。
そいつらは、ハネームーンベイビー作って帰ってきやがった。
だから、禁煙だったんだよ、今日。
まぁ、俺、煙草吸わねぇけど…。
…おい、朝比奈。
聞いてんのか?」
意の解らぬ龍一郎の言葉に、その余韻さえも逃すまいと聞き入っていた朝比奈は、突然自分の名を呼ばれ「はい、聞いてますよ」と出来るだけ穏やかに答えた。
一瞬、口を尖らせた龍一郎だったが、朝比奈の返答に気を戻して、また、機嫌良く語り始めた。
「橋本、ガキ出来たら親バカになるな。
ははは、アイツ、嫁の尻に敷かれるな、絶対。
それに、マイホーム建てるとか言ってたなぁ。
ショールーム行ってきたって、写メ見せられた。
すんげーキレイなキッチンとか
俺のマンションよりは劣るけどさ。
でも、あそこで彼女が飯作って、ガキがさ…」
話がプツリと途絶えたかと思うと、ダルそうに背もたれから、身を剥がした龍一郎が、面(おもて)を朝比奈に向け、小首を傾げてこう問うた。
「お前は、俺が女だったら良かったって思ってないか?」
その瞳を包んだ透明な液体が、龍一郎の頬を一直線に流れ落ちる様を見て、朝比奈は力任せにその身体を引き寄せ、強く抱きしめた。
「そんな事、思ったことありません!!」
「俺は男で、お前も男で…。
なんでだよ!!
10年も好き合ってるのに…。
なんで、なんで…。
こんなにお前の事、好きなのに…。
なんで、お前は女じゃない?
なんで、俺は男なんだよ…。
なんで、なんで…」
朝比奈は、己の肩に顔を埋め、嗚咽(おえつ)交じりにそう訴える龍一郎の背を優しく撫でた。
「私は、貴方の性別も、自分の性別も恨んだ事はありません。
元々、私の想いは伝える事無く朽ちていく物だと思っていましたから…。
私は、こうして龍一郎様の側にいる事が、何よりの幸せなんですよ。
それに、今以上を望む程、今の状況に枯渇してません」
朝比奈は、少し呼吸の落ち着いた龍一郎の身を離し、その両頬を掌で優しく包み、睫毛の濡れた眼をジッと見詰めた。
「龍一郎様。
私はこうして24時間365日、貴方の事だけを考え、側に居る事だけで満足してしまっています。
でも、龍一郎様が、不満なら、私はどうすれば良いでしょか?
私は、私の全てを貴方に捧げました。
この命さえ、好きにして良いんですよ。
だから、教えて下さい、龍一郎様…。
貴方の気持ちを…」
朝比奈の言葉に、切なく笑みを浮かべた龍一郎が小さく呟いた。
「…好き……。
好き……スキ……
薫が、…お前が好き…。
だから……」
その目から流れた落ちた涙は、不安な色をしていて、朝比奈はそんな色に覆わられた龍一郎の瞳に、自分だけが写ればイイと、その身体を抱きしめた。
「だから、お願い……。
……抱いて……薫……」
朝比奈は、耳元の哀願に、ただただいつもの様に「はい、龍一郎様…」と、答えた。
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【Cのパス】
『朝比奈の壁バンッ!』のページ。
「○○○○俺のお守りする位なら辞めてしまえ!!」
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