酔っ払いの戯言A | ナノ


2012-02-26


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 居酒屋の前にハザードを焚いた車を着けて、"本日貸し切り"とプレートの掛ったドアを開けると、旨そうな匂いと、酒を飲んだ人間が発する独特の空気が朝比奈を包んだ。
 手前に数脚のテーブル、奥に座敷のある狭い店内をぐるりと見回すと、座敷の奥でゴロリと寝転ぶ酔っ払いの中に、龍一郎を見つけた朝比奈は、カウンターに居る店員に会釈をして、座敷に向かった。

「あっ、あさひなだぁ〜」

 酒を鱈腹呑んで上機嫌に酔っ払った龍一郎が朝比奈を見付け、指差しながらそう叫ぶと、ハイハイの要領で、畳の上を這ってくる。
 朝比奈が、座敷の下に設けられた靴置き場から、龍一郎の靴を見付け、沓脱石に並べていると、一人の男が声を掛けてきた。

「朝比奈さんですか?
 先ほどは、いきなりお電話してすみませんでした」

 一段高い座敷からそう声を掛けてきた男は、店のスリッパを突っかけて、朝比奈の隣に立った。

「橋本信司と言います。
 はじめまして…」
「はじめまして。
 井坂の秘書をしております、朝比奈薫と申します。
 生憎、名刺も持っていなくて…」
「いえいえ、お気遣いなく」

 この酒気溢れる場に相応しくないくらい全うな答えをする男とは対照的に、龍一郎は朝比奈まであと一歩の所で、ひっくり返ってうとうとと瞼を落としていた。

「申し訳ありません。
 井坂がご迷惑をお掛けして」
「いえいえ、この人数ですから…。
 皆、いつも以上に呑んじゃって…」
「それにしても、酔い潰れるなんて…。
 普段、このような事はないのですが…」
「きっと、龍一郎も気分が良かったんでしょう。
 祝われるこっちとしては、嬉しいですよ」

 朝比奈は改めて店内を見回す。
 40人くらいの男女が16畳程の狭い座敷で、酒を酌み交わしつつ歓談していた。
 が、その4分の1程が、座布団を抱き抱え、上からジャケットやストールを掛けられ、横たわっていた。
 もちろん"井坂龍一郎、含む"である。

 龍一郎とは長い付き合いの朝比奈でさえ、こうして酔い潰れ、死体と化した龍一郎を見るのは初めてで、その酒魔に乗っ取られ赤らんだ顔を恥じるでもない様子に、朝比奈は怒りさえ覚えそうになった。

「ところで、橋本さんのお相手は?
 是非、ご挨拶を…」
「あぁ、…あれです…すみません…」

 申し訳なさそうに、橋本が指差した先は、先ほどまで龍一郎が横たわっていた場所にある布の山。

「二次会始まった途端、龍一郎と盛り上がったみたいで…」
「結構、お呑みになったようですね…」
「はい、お恥ずかしい話です…。
 俺は下戸で、付き合ってやれないので、尚更だったみたいです」

 そう苦笑しつつも、愛しそうにその布の山を見る橋本に、多少、笑みを貰いつつ、朝比奈は今から自宅に持って帰る荷物を見て溜息をついた。

「ところで、お代は…?」
「あぁ、いいですよ。
 龍一郎からは結構な祝儀をもらったので…」
「しかし、そういうわけには…」
「本当に、お気持ちだけで…」
「そうですか…、本当に申し訳ありませんでした…」
「いえいえ、こちらこそ…」

 だらしない主の代わりに頭を下げた朝比奈は、龍一郎の荷物を受け取り、その頬を軽く叩いてやるが起きる気配が全く無く、耳元で「ほら、帰りますよ」と、多少大きな声で言ってみたが、様子に変化はなかった。

 数回揺すっても起きる気配のない龍一郎を、車の後部座席に押し込んだ朝比奈は、"死体運搬"を手伝ってくれた橋本に丁寧に礼を述べ、短くクラクションを鳴らして、その場を後にした。


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