小さな首輪A | ナノ


2012-02-26


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「編集の山本、おめでたらしいな」

 晩飯の後、実家のリビングで雑誌をパラパラ捲っていると、親父がそう言いながら向かいのソファーに腰掛けた。

「いつの話だよ」

 編集の山本は、俺とほぼ同期の女性編集者だ。
 中途採用だから、年は朝比奈よりも上。
 まぁ、中途採用と言えばあまり聞こえがよろしいものではないが、半ばヘッドハントされた感じで入ってきたらしく、俺が入社した頃には、入社数か月にも拘わらず、大物作家のサポートに付いたりしていて、若手のホープと言われた逸材。
 それが、いつの間にか結婚して、今度は妊娠だ、しかも二人目…。
 幸い文芸には、相川や長谷川なんかのそこそこ腕の立つ奴が居るから、まぁ、抜けた穴はどうにかなるだろう。

「なんだ、知ってたのか」

 その声に顔を上げると、親父の面に『つまらん』と書かれていた。

「つか、今月末に産休はいるぜ、あの人」

 今朝、携帯に『産休前に後輩が食事会やってくれるから、井坂さんも来ていいわよ。て言うか、来なさい!もちろん手土産必須ね!』と、メールが来ていたのを思い出した。

「産休…そうか。
 もう、そんなに大きくなってたのか…。
 まぁ、逸材を一時的に失うのは痛手だが、元気な子が生まれるといいな」

 このままこの場に居ると「早く孫の顔が見たい」なんて聞きたくもないお小言を言われそうで、そそくさと立ちあがり、自室へ戻ろうと廊下を歩いていると、離れに続く庭先に朝比奈の姿を見つけた。
 ポケットからケータイを取り出し、リダイヤルの中から恋人の名をセレクトする。
 背中を見せる恋人は、数回コールの後に、いつもの調子でその電話口に出た。

『はい、朝比奈』
「外、寒いか?」

 俺がドコから電話をしてきたか分かった朝比奈は、くるりと振り向き、俺を見つけると、視線を俺に向け、その場に留まり、回答を寄こした。

『はい、さっきまで雨も降っていたようですし』
「あっそ。…で、帰るのか?」
『はい、用も済みましたので、今から』
「じゃ、俺も帰る」
『わかりました。表に車を回します』
「ん」

 俺が携帯を耳から離すのを確認して、朝比奈も携帯を二つ折にして手に握り、俺に一瞥して離れの影へ消えて行った。



 一応、独立はしているが、週の半分も自分のマンションには帰っていない。
 掃除や飯の準備は、必要な時だけ契約している家政婦に頼めばいい。
 洗濯はマンションの提携してるクリーニング屋に出せばいい。

 でも、居心地が悪い。
 自分の部屋だが、なんとも他人行儀なその雰囲気が嫌いなのだ。

 俺が朝比奈に「帰る」と言えば、それは当然の様に朝比奈のマンションを指す。
 朝比奈のマンションは、実家の俺の部屋より狭いし、自分のマンションの3分の1の広さしかないが、居心地は実家よりも、自分のマンションよりも良い。



 門を出ると、朝比奈が車から出て俺を待っていた。

「何か買って帰りますか?」

 俺が後部座席に乗り込んで早々、朝比奈がルームミラー越しにそう問いかけてくる。

「別にどっちでも良いけど、ストックのワインとかあったか?」
「はい、少しなら」
「なら、それでいいんじゃねぇ?」

 朝比奈は俺を助手席に乗せたがらない。
 勿論、運転席なんてもっての外(ほか)だ。
 理由を聞くと「ヒヤヒヤするので」と言われ「ドキドキするの間違いじゃないのか?」と聞くと「ヒヤヒヤで間違いありません」と突っ返されてしまった。

「なぁ、朝比奈…、山本さん産休だってな」
「そのようですね。龍一郎様も出席されますか?」

 朝比奈が指しているのは、あのメールの事だ。
 「龍一郎様も」と言うことは、朝比奈は出席するということだろう。
 俺も、何かと世話になった先輩だし、なによりも、朝比奈が俺から離れると言った時に連絡をくれた人だ。
 多少なりとも感謝している。
 勿論、祝ってやりたい。

「あぁ、一応、行くつもりだ」
「そうですか」
「でもさ、よりによってバレンタインにやることなくないか?」
「そうですね…」

 ご招待メールの日時の項目には「2月14日午後7時」と書かれていた。
 企画者が本人でない事を考えると、周りの女共が下心を抱えて先輩の送別会と称した合コンを開こうと計画しているのではないかと、若干の厭(いや)らしさを覚えて仕方がない。


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