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 今も苦い教訓となって、しかし、私たちが忘れていたことを思い出せたきっかけとして心に刻んだあの全国大会からもう二年。高校二年生ともなると、中学生から続けているマネージャーという仕事も板についてきた。男子テニス部は立海大付属の中でも特に力を入れている部活だけあって、マネージャーも多数おり男子から女子まで様々だが長く続けている人は、粘り強くへこたれない者たちのみであるため、もはや選手たちだけではなくマネージャーにもファンがいるほどである。かく言う私にはファンなんて高尚な人はいないと思うが、知らないだけでいるかもしれない。――いると思うことで、モチベーションもそこはかとなく上がるものだ。
 高校二年目の夏、全国大会も終え上級生からの引継ぎも終えたところなので、コートの整備や備品の点検、水分補給用タンクの用意など後輩に指示を出しつつ朝の部活動をこなす。ほっと息を着いた頃には選手たちがぞろぞろと集まり、柔軟や打ち込みのサポートを行う。立海のテニス部は惜敗を喫してからというもの、いつも以上に厳しく真摯に練習に力を注いでいた。

「おはよう、田中。今日も気持ちのいいほどよく整備されているな。」
「ふふふ、おはよう真田くん。みんなで頑張ったんだ〜!」

 そう声をかけてきたのは、トレードマーク黒い帽子の皇帝―真田弦一郎である。私が汗をぬぐいながら答えれば、帽子のつばをきゅっと下げると十代にしてはやや老け顔を柔らかく緩め、笑みを浮かべた。年相応な笑顔に心をときめくが頭を振る。慌ててタオルを手渡すと更に穏やかな表情になった真田くんに思わずこちらまで頬が緩くなってしまう。

「いつもすまないな。」
「これが私たちの仕事だもん、全力でやるよそりゃあ…あっ!それ、みんなにも言ってあげてね?きっと喜ぶよ」
「む…しかし、他の者はお前のように真っ向から話しかけてこんのだ。いきなり話しかけてしまっては、驚くだろう。」
「うーん、そんなことないと思うけどな〜」

 眉間にしわを寄せ、腕を組みながらやや不満気に真田くんが言うのは分からないでもないが、彼女たちが真っ向から話しかけられないのは君の前だとファンであるが故、緊張してしまうからだよと伝えたところでファンとはなんだ、となってしまう為曖昧に濁させてもらう。ほとんどといっていいほど、テニス部メンバーに心惹かれてマネージャーになっているみんなからしたら話しかけてもらうなんて嬉しい他ないと、断言できたがそうしないのは、彼のよく口にする”たるんどる”事項だからだ。
苦笑をこぼし彼のタオルを受け取ったところで他のメンバーから声がかかるージャッカルだ。

「あっ、じゃあ…今日も頑張ってね!」
「ああ」

 真田くんに手を振り呼ばれた方へ向かうとイヤに機嫌がよさそうな男がクスクスと笑いながらいた。理由は分かっている。
いつもならノリがいいやつだと思うが、こればっかりはそうはいかない。

「なーに笑ってんの!」
「よかったな!今日も挨拶、できたじゃねーか。」
「っもう〜〜!他人事だと思って!!!」
「っとと、乱暴に投げんなよ。一応、選手だぜ俺は。」

 快活に笑う褐色の肌の彼に思わず投げつけてしまったタオルは人のことを笑った罰だと大目に見てほしい。そう、私は真田くんが好きなのだ。おそらく…恋愛的な意味で。それを中学から高校に至るまでずっと同じクラスだった腐れ縁のジャッカルにはバレてしまっているのはもはや必然というべきか。彼の人柄の良さをもって応援してくれるのはありがたいのだが、真田くんとどうこうなる気は今のところ全くない私にとっては有難迷惑であった。
 もし私が、付き合うということをちゃんと理解していて真田くんと付き合いたいと思っている女子であるなら、この男子テニス部に誘ってくれたジャッカルに頭が上がらなくなる、なんてこともあっただろう。しかし、私には男女のお付き合いと友情のお付き合いの違いが分からない。

「わかってる!ごめんねありがとう!」
「…素直になんなきゃ損するぜ?」
「うん…えっ?私、すごい素直じゃない?」
「なんか言ったか?」
「ちょっと〜〜!!」

 軽口を叩き合いながらこうしてジャッカルと話す時間はとても楽しいし、失ってしまったら悲しい。もっと一緒に居たいし、遊びにだって行きたい。でも、それは私の中でいうと友人の域だ。真田くんに対しても、ほかのみんなに対してもそう思う。男女関係と友情関係の何が違うのだろう。私が自分のことで気づいているのは、真田くんを見ると、話すと、触れると支えてあげたいって思うことだけだった。

  朝練も終わり制服に着替えると皆、足早に教室へと向かうものもいれば友人らと談笑する者もいた。私は圧倒的前者で、マネージャー仲間と今日のメニューの確認と留意事項等を確認したのちすぐさまその場が離れるのが常だった。しかし今日はそうもいかないようだ。更衣室から出て本校舎へ向かう途中、気崩すことなく制服は着ているのに帽子だけは外さない真田くんがこちらを見やると徐にこちらへ歩みをよせた。
 嬉しい気持ちと、物珍しさが半々。彼もどちらかというと教室へすぐ向かうタイプであったはずだ。

「あれ、珍しい。どうしたの?」
「田中…すまない。少しでいい。時間はあるだろうか。」
「えっ?うん」

 普段は端的にものを言う彼が歯切れ悪く答えるときは、何かものを頼む時だ。たいていがそうだった。おそらく今日も何か頼み事だろう。そう思いその場で聞こうとすると、場所を変えようと言い出したため様子がおかしいことに気付いた。胸騒ぎがする。
おとなしく真田くんの後についていくと人気のない、朝の喧騒とは縁のなさそうな裏庭へと出た。あまりにも縁のない出来事に頭が真っ白になる。もしかして私は大変な失敗をしでかしてしまったのだろうか。彼に限って告白なんてしないだろうという思いが先行していやな考えばかりが頭をよぎる中、私は手を湿らせながら彼が話し出すのを待った。

「その、だな……」
「…うん」
「ジャッカルと、お前が恋仲であるのは良いのだが…」
「ん…?うん?」
「部活内では他の奴らに影響が出てしまう。」

 だから、部活内での逢瀬は控えてもらえないだろうか。というのが彼の言いたいことのすべてだったようだ。
あまりに予測していなかったパターンに思わず吹き出してしまったのはまずかっただろうか。

「ぶはっ!!いや、待って。私ジャッカルと恋人じゃないよ。」
「ならばなんだというのだ、あ、あのように、い、いちゃいちゃと…」
「いちゃいちゃしてたかなぁ…ただの友達!友達同士のじゃれあいだって!!」

 顔を真っ赤に染め上げてわなわなと肩を震わせる真田くんは、当惑したように後ずさる。私がジャッカルとしていたいつもの会話は、真田くんにとってしてみれば恋人のそれのように見えたのだろうか。ショックとも怒りとも思わず、彼の認識はこうなのかと客観的に思った。

「でも、みんなが気にしちゃうよね。あんま長く話さないように気を付けるよ。」
「あ、ああ。そうしてくれ。他の者に示しがつかんからな…」
「うん。ありがとう注意してくれて。人に言われなきゃわかんなかった!」
「ああ、いや…いいんだ」

 まだ少しはっきりとしない受け答えをする真田くんは納得はしていないようではあったが、予鈴が鳴ったことでこの場はお開きとなった。




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