鈍感な恋のフラグ[4]
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「どうぞ」

そう言って通されたリビングは、女の一人暮らしにしちゃ少し広かった。
素直にそう言えば、なんでも訳あり物件で家賃が安いのだという。

「窓からね、お墓が見えるんですよ。それで、この位置の部屋だけどの階も安いんです」

なるほど、確かにそれは気にする人間も多いだろう。
こいつは全く気にならねえらしく、むしろ感謝しないと、なんて笑った。

「コーヒーで大丈夫ですか?」
「ああ」

酒がねえのは本当らしい。
適当に寛いで下さいと言い残して、キッチンに消える後ろ姿。
俺はスーツのジャケットを脱いでビジネスバッグと一緒にフローリングの隅に置き、二人掛けのソファに腰を下ろした。

「お待たせしました。ブラックで大丈夫でしたよね?」
「ああ、すまねえ」

ソファの前のローテーブルに、マグカップが二つ置かれる。
どちらも猫のイラストが入った、色違いだった。
なぜか、こいつらしい、と感じる。

「あ、上着、すみません。今ハンガーを、」

取ってきます、と続くはずだった言葉を、手首を掴むことで遮った。
振り返ったこいつは、驚いたように俺を見下ろした。

「いいから、」

隣に座るよう促せば、ぎこちなく腰を下ろす。
短い沈黙は、こいつによって破られた。

「…それで、あの、お話っていうのは?」

本当は、色々考えた。
何と言えばいいのか、どこで言えばいいのか。
女はロマンチックな状況の方が好きだろうか。
歯の浮くような台詞が必要だろうか。
正直、考えても考えても一向に答えは出なかった。
恥を忍んで原田辺りに相談してみるかと悩むほどに考えた。
だが結局、答えを出せねえまま今日になっちまった。
だがこれ以上先延ばしにしても、結果は変わらねえ。
だったらあとはもう、直球勝負しかねえだろう。

「…お前、付き合ってる男はいるか、」
「…………はい?」

これまで俺は、意図して異性関係の話題を避けてきた。
こいつも同様に、そんな話は持ち出さなかった。
それが突然こんな質問になれば、驚くのも無理はねえ。

「…えっと、いません、けど?」

雰囲気や状況から九割方そう確信していたが、それでも本人の口から聞くと安心する。
後は、この提案に頷いてくれと祈るのみだ。

「だったら……だったら、俺と付き合わねえか」

コーヒーを飲んだはずなのに、喉がカラカラに干上がっていた。
声が震えたのは、そのせいだと思いてえ。
だが、情けねえほど震えた手の言い訳にはなりそうもなかった。

「……………え?」

呆然と、見つめてくる。
その顔には、信じられないという文字がありありと浮かんで見えた。

「それは……あの、土方さん、は……私のことが……す、き…ってこと、ですか…?」

改めて確認させると小っ恥ずかしいが、流石に避けては通れねえ問いだ。

「ああ、そうだ」

こいつの顔を見ながら一つ頷く。
すると、見る見るうちにその目が潤んだ。
驚く間もなく、目尻から涙が零れ落ちる。
それを、為す術もなく見ていることしか出来なかった。

「……っ、……すまねえ、泣かすつもりじゃ、」
「わ、私…っ」

しかし俺の謝罪は、震えたこいつの涙声に遮られた。

「私、今日、もうこれからは飲みに行かないって言われるんじゃないかって…っ」
「…………は?」
「土方さん、優しいからっ。最後にいい所に連れて行ってやるとか、そんなことだったらどうしようって…!」
「おい、待て」

一体こいつは、何を勘違いしてやがる。

「だって、いつもと雰囲気違うから、怖くて…っ。私、いっつも迷惑かけてばっかりで、いい加減嫌になっちゃったのかなって思…っ」
「何でお前、そんな、」
「そういう話なら、帰り道に車の中で二人きりなんて耐えられないし…っ、だから、うちだったらすぐに帰ってもらえば泣いてもバレないかなって、それで、」

それ以上、言わせる必要なんざなかった。
腕を伸ばし、隣に座るこいつを引き寄せて抱きしめた。

「馬鹿野郎…っ、何勝手に一人で勘違いしてやがる!」
「だって、…だって、」
「大体なあ、鈍いにも程があんだよ!何で俺が惚れてもねえ女と二人で飲みに行かなきゃなんねえんだ。俺が何のために必死で仕事を片付けて、お前と飲みに行ってると思ってんだ」

全部、お前と一緒にいたかったからだ。
少しでも、お前と話したかったからだ。
お前に惚れてるから、どんだけ酒癖が悪くても許せたんだろうが。

「そんなの、知らなかったですもん…!」

こいつは本当に、気付いてなかったんだと。
一連のやり取りで思い知る。
全く、どんだけ鈍感なんだ。
だが、別にそれでもいい。
鈍感だろうが酒癖が悪かろうが、構わねえ。

「で?返事はどうした?」

腕の力を緩めて顔を覗き込めば、こいつは今になってその顔を真っ赤にした。
聞かずとも、分かっていた。
だが、聞きたかった。

「…私も、土方さんが…好き、です。…だから、…その、よろしくお願いします」
「……おう、」

手前で言わせておいて、恥ずかしさが込み上げる。
再びきつく抱きしめれば、優しい匂いがした。

「酒、買いに行くか?」

金曜日だ。
楽しみにしていたんだろう。
素面でここまで話せたんだ、あとはアルコールが入ってても構わねえ。
そう思っての提案だったんだが、顔を上げたこいつは首を横に振った。

「あの、私…別にそんなにお酒が好きなわけじゃ、」
「はあ?!」

その、俄かには信じられねえ発言に驚く。
正直、さっきの泣き顔よりも驚いた。

「お前、毎度毎度あんだけ飲んでおいて、好きじゃねえだと?」
「う……ごめんなさい。その、好きじゃないってことはないんですけど、別にそんなに飲まなくてもいいっていうか…」
「いや、別に怒ってるわけじゃねえんだが、」

だったら、あの飲みっぷりは何だ。
あんなに楽しそうだったのは、酒が飲めるからじゃなかったのか。

「その…素面だと、緊張しちゃって……顔、見れないし、上手く話せないし……」
「お前……」
「それに、最初に飲みに連れて行ってもらった時、土方さん、そんなに酒が好きならまた連れて行ってやるって、言ってくれたから、」

だから、酒が好きなふりをしておいた、と。
そういうことか。

「浮かれてても、お酒が飲めるから楽しいってことになるかなって思って、」
「つまり、お前は…」

俺の腕の中で、顔を真っ赤にして。
こいつは恥ずかしげに、小さく呟いた。

「…入社した時からずっと、好きでした」

ああ畜生…っ、やられた。
そんなのは反則だろうがよ。

この数年、俺は一体何をやってたんだ。
こんなことならもっと早く、言ってやればよかった。
怖気付いてねえで、ちゃんとすればよかったんだ。

別に、演技だったわけじゃねえ。
こいつは、ありのままだった。
その意味を、俺がはき違えていたんだ。
酒をかっ喰らって酔い潰れて、俺なんざ意識されてねえんだと思っていたが、そうじゃなかった。
それは、意中の相手を前に緊張して、それを紛らわそうとしたこいつの精一杯だったんだ。
飲みに行くかと誘う度に嬉しそうに笑ったのは、酒が理由だったんじゃねえ。
俺と、一緒にいたかったからだ。

「ったく、鈍感だ鈍感だと思ってたが、俺も大概だな」

思わずそう漏らせば。
こいつは俺の腕の中で、幸せそうに笑った。



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