暴君の妻に必要なもの[2]
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「おお、やっとご帰還か」

屋敷に戻るなり迎え出てきた男の声に、天霧は顔を顰めた。
つくづく時宜を得ない男である。

「せっかくこの俺様が来てやってるっていうのによ、なかなか帰ってこねえもんだから。先に一杯やってるぜ?」

そう言って、不知火は指で輪を作り、酒を呷る仕草をして見せた。
その調子の良い喋り方に、当然風間の機嫌が更に下降の一路を辿る。

「…不知火、そこに直れ」

つい先ほど聞いたばかりの台詞である。
天霧は本日幾度目かの深い溜息を吐いた。

「はぁ?おい、なんだよいきなり」
「そこに直れ、と言っている」
「だぁから、なんでお前は刀に手ェかけてんだ。おい、抜くなよ!」

風間が鯉口を切ると、不知火は慌てて後ずさった。

「何なんだよお前は!おい天霧!」

すっかり参った顔で、不知火は風間から天霧へと視線を移した。
こういう時、風間相手に何を言っても無駄だと知っての行動だ。
しかし天霧が口を挟む前に、風間が声を上げた。

「不知火。貴様はこの風間千景の所有物に無断で手を出したのだ。それ相応の詫びが必要だと思わんか」
「所有物って!酒の一杯や二杯で因縁をつけるんじゃねぇよ!」

言い掛かりもいいところだと不知火は反論するが、風間は聞く耳を持たない。
相変わらず愉悦の滲んだ声音で、緩慢に言葉を続けた。

「成る程、謝罪の仕方を知らんとみた。それならば教えてやろう」
「だから、抜くなって!」
「なに、簡単なことよ。その首を斬り落として詫びるがいい」
「だぁから!ああもう!」

面倒くせえな、と。
不知火が吐き捨てたその時だった。

「千景様」

風間から放たれた殺気で満ちていたその空間に、不意に柔らかな音が届いた。
三者が同時に顔を向ける。
そこには、障子戸の側、風間の妻であるナマエが畳に正座をしようと膝をついたところだった。

「おかえりなさいませ」

そう言って、ナマエが三つ指をつき頭を垂れる。
その途端に、風間の殺気が立ち消えた。

「…もう遅い。まだ起きていたのか」

天霧や不知火に対する時とは明らかに異なる、穏やかな口調。
刀の柄から手を離した風間が、ナマエの方へと歩み寄った。

「はい。お戻りをお待ちしておりました」

ナマエがゆっくりと顔を上げ、風間を見上げて面映げに微笑む。
風間はその前に立つと、腰を落として片膝をついた。

「ふん、先に寝ていろと言い付けたはずだがな」
「申し訳ありません」

風間の言葉に、ナマエが目を伏せる。
そのまま俯きそうになったナマエの顔を、風間はその顎下に手を添えることで阻止した。

「…今戻った」

ぽつり、と零された言葉。
二、三度瞬きを繰り返してから、ナマエはまるで花が咲くように笑った。



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