駆け引きはいつだって先手必勝[1]
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R-18


※「ヒロイン×斎藤」の描写が強いです。苦手な方は閲覧をお控え下さい





ねえ、斎藤さん。
私、最初から気付いていたの。
貴方の綺麗な藍色に混じって揺らめいた、その焔みたいな欲の色に。



「本日はお忙しい中、お時間を頂きましてありがとうございました」
「いえ、此方こそ。有意義な話が聞けた、感謝します」

お決まりの台詞と一緒に右手を差し出せば、斎藤さんは少し照れくさそうに私の手を握り返してきた。
触れた熱に彼の肩が揺れたように見えたのは、きっと気のせいではなかった。


ねえ、知っている?
私が持つ名刺には、二つの種類があるの。

一つは完全な社用の名刺。
社名と肩書きと名前と、社用携帯の番号とPCのメールアドレス。
まるでばら撒くみたいに、会う人会う人誰にでも渡す方。

もう一つは、それとは少し違う。

今日、私が貴方に渡した名刺は後者だ、って。
貴方はいつ気が付いてくれるかな。

そんな期待を、説明用の資料と一緒に手早くバッグに仕舞い込んだ。

「それでは、私はこれで、」
「下まで、送ります」

私の一礼を遮った、斎藤さんの提案。
微かに頭を下げたまま、私はこっそりと笑った。
それを悟られないように、表情を引き締めてから顔を上げる。

「恐れ入ります。では、お言葉に甘えて」

斎藤さんに先導され、応接室を出た。
ここの社員はPCと向き合うことが主な業務になるらしく、廊下は静まり返っていた。
私のヒールと彼の革靴の音だけが、磨き上げられた廊下に響く。
私は真っ直ぐ前を向いて歩きつつ、半歩前を行く斎藤さんを盗み見た。
彼は時折、ちらりと私を振り返るように視線を投げてくる。

ねえ、ちょっと賭けに出てみてもいいかな。

「斎藤さん、すみません」

歩きながら、男性としては少し華奢なその後ろ姿に声を掛ける。
斎藤さんの肩が僅かに揺れ、はっとしたように立ち止まって振り返った。

「も、申し訳ない。速かったでしょうか」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。
ポーカーフェイスがデフォルトだと噂に聞いていたけれど、この人はその分目で語る。
その双眸に焦りの色を見つけ、私は彼が歩調について謝ったのだと気が付いた。

「いえ、それは大丈夫です」

そう返せば、安心したように藍色が細まる。
あまり煽らないでくれるかな、なんて内心の声は、もちろん届くはずもなく。

「…申し訳ありませんが、少しお手洗いをお借り出来れば、と」

そう告げれば、斎藤さんは納得したように頷いた。
案内します、と再び歩き出した背中を追う。

「此方です」
「すみません、ありがとうございます」

連れて行かれたのは、男女用にそれぞれ分かれたトイレ。
斎藤さんに軽く頭を下げ、女性用のトイレに足を踏み入れた。

なるほど、流石一流企業。
そこいらのオフィスに備え付けられたトイレとは訳が違う。

奥に細長い造り。
右手側には洗面台と鏡、左手側に個室が6個。
パウダールームまで完備されている。
オレンジの照明は優しく、清掃が行き届いていて綺麗だ。
個室のドアは全て空いている。
一番手前を覗けば、中は非常にゆったりとした空間だった。
大きめの荷物置きに、タッチフリーのサニタリーボックスまである。

これならいけそう、ね。

私はそのままトイレの外に引き返した。
廊下の少し離れた位置で待っていてくれた斎藤さんが、驚いたように近寄ってくる。

「ミョウジさん?どうかしましたか」

私は何も答えず、早すぎることを訝しんで首を傾げた斎藤さんの手首を掴んで引き寄せた。

普通に考えれば、当然私では男の人の力に敵うはずがない。
だけど、全くの想定外だったらしい事態に対して呆気にとられた斎藤さんは、されるがまま。
私はその隙に彼の身体を一番手前の個室に引きずり込み、閉めたドアにその背を押し付けた。



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