抱いた夢の果てに[1]
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R-18





「し、失礼する」

そう言って、襖を開けた。
これこそまさに人生の中で最も緊張する瞬間だと、その時確かにそう思った。

行灯の明かりに薄く照らされた室内。
窓から月明かりが差し込んでいた。
今宵は満月だ。
俺の掛けた声に、窓際に立つ人影が反応する。
月明かりを背後に悠然たる面持ちで俺を振り返ったその姿に、息が止まった気がした。



この感情が懸想だと気付くまでに、果たしてどれほどの時間が掛かっただろうか。
今となっては定かではない。

出逢いは、島原の座敷だった。
彼女はそこで芸妓をしていた。
俺も何度か酌をしてもらったことがある。
彼女は、新選組の幹部と懇意にしていた。
局長をはじめ、副長やその他の幹部連中、誰もが島原に行けば座敷に彼女を呼んだ。

もしかしたらあの頃から、俺は彼女を好いていたのかもしれぬ。
だがその時は、そのようなことには全く気付いていなかった。

ある時、彼女が不慮の事故で右手に大火傷を負った。
幸い一ヶ月もすれば手は元通り使えるようになるとのことだったが、医者の見立てでは、火傷の痕は一生消えないと言われたそうだ。
もしも彼女が単なる町娘であれば、それで良かったかもしれぬ。
だが彼女は島原の芸妓だった。
芸妓というのは当然、見栄えが肝心である。
火傷の痕が残る手では、酌をするわけにも芸を披露するわけにもいかぬ。
彼女は途方に暮れた。

そんな彼女を身請けすると言い出したのが、局長であった。
副長以下、幹部全員がその意見に賛成した。
無論俺もその一人である。
そうして彼女を、新選組で預かることとなった。

最初の一ヶ月、彼女は怪我の養生に努めた。
そして元通りに右手が使えるようになってからは、屯所で炊事や洗濯に精を出した。
医者の宣告通りその火傷痕は消えなかったが、彼女は家事をする分に不自由はないと笑った。
今では正式に住み込みの女中として、屯所で暮らしている。



「おいで、斎藤君」

ゆったりと、彼女が微笑む。
その声でようやく我に返った俺は、後ろ手に襖を閉めて彼女の方へと歩を進めた。
しかしどこまで近付いて良いのか分からず、部屋の半ばで足を止めた。
傍に敷かれた褥を、直視することが出来なかった。



彼女に出逢うまで、俺は女子に懸想したことがなかった。
俺には刀と、それを認めてくれた新選組という場所しかなかったし、それで良いと思っていた。
故に最初は、彼女への想いが何であるのか、なかなか気付くことが出来なかった。
何故、彼女を見ると胸が高鳴るのか。
何故、一人でいると彼女に会いたいと思うのか。
何故、彼女が他の男と話していると苛立つのか。
気付かせてくれたのは、斎藤お前、ナマエに惚れてんだろ、という副長の指摘だった。


そうして自覚した思慕の情を、当然のことながら俺は持て余した。
女子と恋仲になった経験などない俺は、その感情をどうすれば良いのか皆目見当もつかなかったのだ。
俺は女子と二人きりで話したことなど殆どなかったし、二人で何処かへ出掛けたこともない。
想いの伝え方など知らぬし、当然だが同衾の経験もない。

その感情を元に彼女へ近付くことも出来ず、かといって想いを捨て去ることも出来ず。
前にも後ろにも進めなくなった俺は、ある日、恥を忍んで副長に相談を持ち掛けた。

一通り俺の話を聞いた副長は、成る程、と腕を組み。
やがて、策士と呼ばれるに相応しい不敵な笑みを浮かべるとこう仰った。
俺に考えがある、と。

そして話は、今日この瞬間に繋がるのだ。


「そんなに緊張しないで」

彼女はそう言って窓枠に預けていた背を浮かし、俺の方へと一歩歩み寄った。
それは無理な相談だ、と心の中で呟く。
ともすれば、握りしめた拳が震え出しそうだった。

「副長さんから話は聞いてるわ。斎藤君が間者として女子から情報を引き出すために、女のいろはを教えてほしいって」

そうなのだ。
そういうことに、なっているのだ。

これこそが、副長の策だった。



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