貴方の愛に堕ちてゆく[2]
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「もう、風間さんは一体何がしたいんですか。こんな平凡な女を捕まえて揶揄って、何か楽しいですか?」

これは一体何なのだ。
金持ちの道楽か。
毎日キャビアとワインは飽きたから、たまには枝豆と発泡酒にしようとかそんなノリか。

と、ここ数日の意味不明な婚約者扱いに苦言を呈してみたところ。
不意に、風間さんが冷やかな目で私を睨んだ。

「…ナマエ、お前がそこまで物分かりの悪い女だとは思わなかったぞ」

酷い言われようである。
どう考えても、物分かりが悪いのは風間さんの方だ。

「悪かったですね物分かりが悪くて。どうせ私は貴方みたいに特別な人じゃなくてただの一般庶民ですよ」
「だが、」

ちょっと不貞腐れて、文句をつけた私の言葉に被せるように。
風間さんが口を挟む。

「そのようなところも、好ましい」
「………は?」

空いた口が塞がらないとは、まさにこのことか。
呆然とした私の前で、風間さんがニヤリと笑った。

「そうか。お前は俺との身分の差を気にしていたのか。何、そのような瑣末なことなど気にする必要はない。誰が何と言おうと、お前のことは俺が守ろう」

残り僅かとなった赤ワインの入ったグラスが、音もなくテーブルに戻される。
赤い液体が、少し揺れた。

「えっと、いやあの、そういう話じゃなくて、」
「心配はいらん。俺が良いと言っているのだ、余計な口を挟む者などおらん」
「いえ、ですから。そうではなくてですね、」
「それにお前は自分のことを平凡などと言ったが、そのような言葉は二度と口にするな」
「…はい?」
「俺の目に狂いはない。お前はこの世で一番美しい」

いやいやいやいや、無理がある。
この人は、頭がおかしい前に目がおかしい。
眼科を紹介するべきか。

「故に俺の目前でお前を蔑むような発言は、例えお前であっても許せんぞ」

うん、そしてやはり頭もおかしい。
言っていることが無茶苦茶だ。

「それに、だ。いつ俺がお前を揶揄した」
「…え?」
「お前を揶揄ったことなど一度もない。確かに、揶揄い甲斐はありそうだがな」

だが、揶揄してはおらん、と。
風間さんはそう言って突然椅子から立ち上がるなり、私の手首を掴んで引っ張り上げた。
強い力に逆らえるはずもなく、私はされるがままに立ち上がる。
次の瞬間、私の身体は風間さんの腕の中にあった。

「お前を本気で好いているのだと、なぜ分からん」

降ってきたのは、いつもの緩慢な。
だけれども、どこか熱っぽい低音。
ぞくり、と身体が震えた。

「…か、揶揄って、ますね?」

張り付いた喉から声を絞り出せば、今度は頭上から大きな溜息が一つ。

「揶揄してはおらん、と今しがた言ったはずだが。お前の耳はどうなっている」

その言葉の直後。
ぬるり、と耳に感じた熱。

「ひゃあっ!」

思わず叫び声を上げれば、風間さんがくつくつと笑った。
その距離の近さに、耳を舐められたのだと知る。

「な、何をするんですか突然!」

慌ててその拘束から逃れようと身体を捩る。
だが、所詮男の人の力に敵うはずもなく、むしろより一層きつく抱きしめられる結果に終わった。

「愛い奴よ」

耳元に、恐ろしく甘美な低音が流れ込んでくる。

「愛する女に触れて、何を怒られることがある」

その言葉に、いよいよ私の脳内は容量オーバーで思考を停止した。




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