指の隙間から零れ落ちてゆく「どうした」
その、低い声に心が震えた。
振り返ろうとして、思い留まる。
いま私は、彼に見せられるような顔をしているだろうか。
自信はなかった。
落ち着け、そう言い聞かせて。
ゆっくりと深呼吸、平常心。
いつもの笑顔を作って、振り返る。
ーーーなんて、そんな時間はなかった。
背後から近づいてきた彼が、返事をしない私を訝しんで。
隣に並ぶと、顔を覗き込んでくる。
まだ、何の対応策も行動に移せていないというのに。
案の定、私の顔を見た彼は驚いた顔をした。
当たり前だ。
自分でも、らしくないのは分かっていた。
だけれども、なぜか無性に悲しかったのだ。
「もう、散ってしまうのだな、と」
そうぽつりと零せば、彼はそれだけで私の心情を察してくれたらしい。
相変わらず、聡い人だ。
「…俺ァ散らねえよ」
しばらくの沈黙の後、返された答え。
その言葉に、目を見張った。
ゆっくりと隣を振り仰げば、端正な横顔。
その視線は真っ直ぐに、前だけを見据えていた。
その紫暗には、何が写っているのだろうか。
「だから心配しねえで、黙って待っとけ」
それは分からない。
それでも、いいと思えた。
いつか、その背中を見送り続けていればいつか、振り返ってくれるかもしれないと思ったから。
振り返った時に、私の笑顔が写るよう。
私は待っていようと思った。
「戻るぞ、今日はまだ冷える」
「…はい」
背を向けた彼の頭上に舞う、薄紅色の花びらに。
連れていかないでと、そう願った。
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