どうぞ穏やかな愛を[1]夕方、5時半すぎ。
シュテルンメダイユ地区ウエストゴールド。
舗装された石畳風のアスファルトの上を、恋人の家に向かって歩いている。
仕事終わりの、帰宅途中。
3日に1回は、帰る家が自宅ではなくバーニィの家になっている。
同じようなペースで、彼も私の家に泊まりに来ている。
お互い忙しい仕事をしているから、そうでもしないとなかなかプライベートで顔を合わせることができないのだ。
見かけによらず淋しがり屋なバーニィの要望で、今夜は私が彼の家に。
夕食の支度をしながら、今はまだトレーニング中のバーニィが帰って来るのを待つ予定だ。
バーニィの家に行く前に、マーケットで材料の買い出しをする。
買い物カゴを片手に、夕食は何にしようかと考えた。
ありがたいことに、バーニィには嫌いな食べ物がない。
だから実際、何を作っても美味しく食べてくれるのだけれど。
でも、ついつい悩んでしまうのだ。
何が食べたいだろうか、何が気に入るだろうか、と。
夕食のメニューを考えながら、のんびりと野菜の売り場を眺めていると。
丸々と太った、大きなキャベツが目について。
ふと、懐かしいことを思い出した。
あれはまだ、付き合って間もない頃だったと思う。
「バーニィ、お待たせ」
初めて、バーニィの家で私が料理をした日。
出来たよと、カウチに腰掛けて待っていたバーニィに声を掛ければ。
彼は嬉しそうに微笑んだ。
バーニィの家にはダイニングがないから、リビングに料理を運ぶ。
少し手の込んだシーザーサラダとスープ、ちょっと厚めに切ったパンと。
「ロールキャベツ…」
深めの皿に入れられた料理を見て、バーニィがぽつりと呟いた。
「あれ、もしかして嫌いだった?」
あの頃は彼の好き嫌いが分からなかったから、そう尋ねれば。
「いえ、とても好きです」
返ってきたのが笑顔だったから、安心した。
バーニィが、フォークとスプーンでロールキャベツを一口。
美味しく出来たつもりだが、口に合うだろうか、とその顔を覗き込んだ。
ゆっくりと、口の中の物を噛み締めて。
嚥下してから。
「…美味しい」
小さく、そう零して。
バーニィは、まるで無我夢中とばかりにロールキャベツをばくばくと口に運んだ。
普段の上品なテーブルマナーなど、まるで頭にないようだった。
これは、喜んでくれているということにして良いのだろうか。
初めて見た姿に、戸惑っていると。
突然、バーニィが音もなく静かに泣いた。
prev|
next