[40]正月
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一月一日。

保科です。
あけましておめでとうございます。年末年始、あなたはどのようにお過ごしですか。
俺は来週から、日本代表U-22の代表合宿に参加することになりました。来年開催される五輪の出場権をかけたアジア最終予選を兼ねている、AFC U-23選手権に向けた代表選考です。五輪とそれに向けた大会は、年齢制限の関係上、最初で最後のチャンスです。あなたに良い報告が出来るよう、精進します。


「本当か!大学に行ってた聖也はともかく、俺は選ばれなかったからなあ。そうかそうか!お前はやったか!」

元旦にオランダから帰国した満は、旅疲れも時差ボケも感じさせない調子で、喜び露わに保科の背を叩いた。
実家に家族全員が揃う。
保科は、昨日の夜に帰省した。
本当は今日行われる天皇杯の決勝戦を戦いたかったのだが、チームは悔しいことに先週の準決勝で敗退。
聖也も決勝に残ることが出来なかったため、四日前から実家に戻っていた。
満のチームが所属するオランダのサッカーリーグ、エールディヴィジは、日本のJリーグとは開催期間が異なり、厳密に言うと今もシーズン中だ。
だが年末年始の前後約一ヶ月は試合がないそうで、こうして帰国が叶った。
満が加入した今シーズン、チームの成績はなかなかに好調らしい。
保科のチームはリーグ戦三位、聖也のチームは五位だった。
二人ともにとって、とても満足とは言えない結果である。
来年こそは、と決意を新たにしていた年末、保科にU-22代表合宿の声が掛かった。
天皇杯の準決勝を観に来ていた監督が、保科に注目してくれたらしい。
代表合宿でのアピール次第では、三月に開催されるAFC U-23選手権予選の代表メンバーに選ばれる可能性が出てきた。
選手権は五輪出場に向けた、日本としても、そして保科個人としても決して逃せない挑戦である。
来週から、九州は大分で合宿に参加することとなった。

「とりあえずあれだな、祝い酒だ!」
「お前が飲みたいだけだろう」
「いいから開けろって、ほら」

兄二人が賑やかに一升瓶を開ける。
キッチンにいる母はともかくとして、テレビを観ている父は完全に呆れ顔だが、いつものことだ。
あれでも息子たちの帰りを喜んでるんだよ、とは、満の言である。

「ついでにお前が例の女子アナに振られたことも祝ってやるよ」
「お前なあ満!」
「なんだよ、事実だろ」
「お前だってオランダ人美女に振られてただろうが!」

もう、祝い酒も何もあったものではなかった。
だが保科は、この空気が好きなのだ。
それに、兄たちが自分のことのように喜んでくれていることは知っている。
それだけで嬉しかった。
そして。


新年あけましておめでとうございます。
代表合宿!凄いです、おめでとうございます。新年早々、とても嬉しい報せを聞けました。調べてみたら、合宿は大分だそうですね。気を付けて行って来て下さい。
私は昨日から実家に戻っています。今週末まで休みなのですが、冬休み明けすぐに定期試験があるので、あまりゆっくりする時間はなさそうです。でも、三が日くらいは地元でのんびり過ごす予定です。


そう言って、彼女が喜んでくれるのだ。
届いたメールを自室で読むと、胸の内があたたかくなった。
ああ、会いたいな、と思う。
時期が時期だ。
正月は家族と過ごすことが基本だろうし、もしかしたら、久しぶりに帰った地元で友人と会う約束をしているかもしれない。
冬休みといっても、あまり時間はなさそうだ。
忙しい時に無理を言いたくはない。
言いたくはない、が。
せめて声だけでも、そしてあわよくばと、気が付けば彼女の電話番号に指先を滑らせていた。

『はい、もしもし』
「ーー 保科、です」

自分で掛けておいて、相手が電話に出ることを想像していなかったわけでもないのに。
鼓膜を揺らした声に、保科は喉を詰まらせた。
舌が張り付いて上手く回らないような、奇妙な体験をする。

『保科さん。あけましておめでとうございます』

声を聞くのは三ヶ月振りだった。

「突然すみません」
『いえいえ、大丈夫ですよ。家でごろごろしていただけですから』

だらしなく寝正月ですと、彼女が笑う。
保科もつられて、そっと頬を緩ませた。
こうして彼女が、あまり気負わない態度を取ってくれるようになったことが嬉しい。
少しは、距離が縮まっただろうか。

『保科さんも東京に戻ってるんですか?』
「はい、今実家にいます」
『よかったです。少しは休めるんですね』
「はい。明後日までは、こちらにいるつもりです」

代表合宿の前にコンディションの調整をしたいから、早めに大阪に戻るつもりだった。

「……あの、」

その前に。

「もし迷惑でなければ、明日、会えませんか」

せめて声だけでも、なんて嘘だ。
声を聞いたら余計に会いたくなった。

「無理にとは言いません。都合が悪ければ、どうぞ断って下さい」

昨年、保科が彼女に会えたのはたったの三回だけだ。
一昨年までの、一年に一度選手権で顔を見るだけ、という状況と比較すればずっと恵まれていたが、それでも、想いを伝えた相手に数ヶ月単位で会えないのは堪えた。
だから数少ない機会をふいにしたくはない。

『明日、夕方からは予定があるんですけど、それまでなら空いてます。ので、よかったらお茶でもどうですか?』

躊躇いがちな提案。
保科は、安堵に胸を撫で下ろした。

「はい」
『……えーっと、じゃあ、そういうことで、』
「はい」
『……どこでもいいですか?』
「構いません」

その後、互いの実家の最寄り駅を確認し合い、その間の駅で待ち合わせることを決める。

『じゃあ、その、また明日、』
「はい、また」

通話を切った次の瞬間、保科は自室のクローゼットを勢いよく開けた。


翌日、待ち合わせ場所に現れた彼女の、ワンピースにブーツ、コートにマフラーという格好があまりに可愛らしくて、保科が真冬だというのにじっとりと汗を掻いたままコーヒーを飲むことになった話は割愛する。



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