[38]無敵
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九月二十日。

保科です。
先日、ACL準々決勝の第二戦があり、一対二、第一戦との合計スコア三対四でチームは敗退しました。不甲斐ない結果となり、満兄に申し訳なく思います。フルで出場しましたが、チームにあまり貢献出来ませんでした。不徳の致すところです。
あなたは、残り少ない夏休みをいかがお過ごしですか。


チームメイトたちは、良くやったと褒めてくれた。
何度もチャンスを作ってくれた、それを生かしきれなかった俺たちの責任だと、FW陣は保科の背を叩いた。
だが、保科としては課題の多く残る敗戦となった。
このチームでウイングバックの一方を任されている保科の役割は、攻撃と守備それぞれの多岐にわたる。
後者の甘さが二失点を招いた。
ACLは、そう簡単に出場権が得られる大会ではない。
一試合一試合全力を尽くして来たが、この大事な局面で負けてしまったことは悔しかった。
満に報告の電話をすると、丁度その時酒を飲んでいたらしい満は盛大に保科を叱り飛ばした。
お前は肝心なところでまた、と怒鳴られ、それが胸に突き刺さった。
反論の余地がなかったからだ。
保科は中学時代からずっと変わることなく、目の前の一戦に全力で挑む、を信条としている。
この世界に、負けてもいい試合などない。
だがプロの試合において、負けても後から挽回できる可能性があるものと、負けたら全てが終わるものの二種類が存在することは事実だった。
そして今回の試合は後者だったのに、保科はまたチームを勝たせることが出来なかった。
チームを抜けた満に、勝利の報告をしたかったと思う。
そして彼女にも。
いつも試合結果を気にかけてくれている彼女に、勝ちましたと言いたかった。

情けない。
自分はまだまだだ。
九十分フルで走り続けるタフな動きに評価を貰っても、大事な局面で役に立てなくては意味がない。

いつも、そうだ。

基本的に保科は、過去を振り返らない。
反省はするが、長々と後悔している暇があるなら次に向けて練習する。
ずっとそうやってきた。
だが時々、どうしても過去に引き摺られる瞬間がある。
エースを信じきれずに自ら打ったシュートを外した全中決勝を、最後の最後で相手を止めきれなかった高校選手権予選決勝を思い出した。
ツキの問題ではない。
肝心な時に決めることが出来るか否か、その数秒は、何万、何億倍もの練習量によって左右される。
まだ足りない。
毎日走って、毎日ボールを蹴っても、全然足りない。

どうすれば、もっと。

リビングのソファで項垂れていた保科は、テーブルの上で震えたスマートフォンに視線を上げた。
見れば、それは彼女からの返信を示していて、保科は驚く。
大抵、彼女の返信は翌日になることが多いのに、まさか一時間足らずで返ってくるとは思ってもみなかった。


ACL、お疲れ様でした。試合をテレビで観ていました。保科さんは、最後まで誰よりも走っていましたね。試合結果に、私までとても悔しくなりました。
私は、相変わらずバイトと執筆の日々です。春頃に応募したいくつか作品の評価が返って来ましたが、結果は惨敗でした。覚悟していても、少し堪えます。でも、自分でも意外なことに、諦める気は全く起きませんでした。戦うフィールドは全く異なりますし、私は何者でもない素人で保科さんはちゃんとプロなので、こういう言い方は失礼かもしれませんが、保科さんのプレーを見ていると立ち止まっている暇はないと思わされます。負けてたまるかって思います。すみません。でも、いつも走り続ける力を貰っています。ありがとうございます。
リーグ戦の来週の試合、埼スタですよね?まだ夏休み中で、その日はバイトも休みなのでチケットを取りました。保科さんのプロの試合を生で観るのは初めてなので、楽しみにしています。


「………敵わんな、」

保科はスマートフォンに額を押し付け、声を殺して少しだけ笑った。
なんだろう、これは。
なんだろう、この気持ちは。
状況は何も変わっていない。
敗戦の記憶とその事実が失くなるわけでも、明確に次へと進むための解決策が生まれたわけでもないのに、どうしてこんなにも気持ちが上を向くのだろう。
幼い子どものように絶対を信じられるような無知ではないのに、なぜか無敵の気分だった。
今なら何だって出来るような気がした。

必死になって走ったその最後まで、彼女は見ていてくれた。
そして、それに力を貰ったのだと言ってくれた。
今度はテレビ越しではなく、生で試合を観てくれるのだという。

気休めや慰めの言葉はなかった。
ただ、事実だけを教えてくれた。
それに保科がどれほど救われるのか、彼女は知っているのだろうか。
自分が少しでも彼女の力になれたと、そう思えることがとても嬉しいのだと、分かっているのだろうか。

彼女も、上手くいかずにもがいているようだった。
保科は、課題のレポートくらいしか書いたことがないから、小説を書くということがどれほど大変なのか想像もつかない。
オリジナルの作品を書くのだから、生みの苦しみ、みたいなものがあるのかもしれない。
恐らく、作家としてデビューするのは狭き門なのだろう。
自分が書いた作品を、これでは駄目だと突き返されるのは、どれほど精神的な苦痛だろうか。
それでも彼女は、今度こそ諦めないと言った。
保科のプレーを見て、負けていられないと思うのだと。
ならば、保科に出来る彼女への応援の形は一つだろう。

彼女の目の前で、なんとしても勝ち星をあげてみせる。



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