[26]成長
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そして季節は過ぎ、保科が待ち望んだ冬が訪れる。
十一月の時点で、聖蹟、東院共に、選手権本戦への出場を決めていた。
週末毎に試合結果をネットで調べ、内心ガッツポーズを作ったのは、保科だけの秘密だ。
一方、保科のチームも順調に天皇杯のトーナメントを勝ち上がっていた。
十二月末の準決勝でも白星を挙げ、シーズンの最後を元日の決勝戦で締めることになる。
その決勝戦でウイングバックとしてスタメン起用された保科は、ワンゴールツーアシストの好成績を残して、チームの優勝に貢献した。
そして試合を終えた保科は満と共に、チームのリーグ戦二位、天皇杯優勝という土産を手に、新幹線へと飛び乗って一路東京へ。
聖蹟も東院も一回戦を突破していたため、保科は無事、二回戦から彼らの試合を観ることが出来るようになったのだ。
トーナメント表の都合で、両校の二回戦が同一会場で行われることになったのも幸いだった。
一試合目が聖蹟で、十二時キックオフ。
二試合目が東院で、十四時キックオフ。
どちらも見逃すことはない。
こればかりは運に感謝するしかなかった。


「……なんか、気合い入ってるな?」

新幹線で移動した、翌朝。
保科が日課のランニングを終えて家に戻り朝食を食べ、部屋に戻って支度をしてから居間に顔を出せば、すでに身支度を整えていた満が視線をテレビから弟へと移すなり、開口一番そう言った。
そこに、保科たちより数日早く実家に戻っていたという聖也が二階から下りて来て、確かに、と同意する。
保科は、正直に黙り込んだ。
決して、浮いた格好ではないと思う。
どちらかと言えば、高校サッカーの大会を観に行く際に毎回スーツを着ている満の方が、傍から見れば気合いが入っている。
金髪なせいもあってか、ぱっと見はホストのようだ。
聖也はジーパンにダウンジャケットという普通の格好だが、体格が良いからなのか着こなし方の問題か、決してルーズには見えない。

「………変ですか?」
「いんや、いいと思うぞ?」

そして保科は、チノパンにニットのセーターを合わせて、その上にPコートを羽織っている。

「いいと思うが、去年との差にどう突っ込めばいい?」
「ジーパンとトレーナーにモッズコートだったのが、えらくイメージチェンジしたな?」

なぜこの兄たちは、一年前の弟の服装まで記憶しているのだ。
保科は内心で動揺した。
正直、そこに触れられるとは思っていなかった。

「……成人しましたし、身嗜みにも気を使うべきなのかと」
「ふぅん。まあ、良い心がけだな。顔がいいんだから、それを活かさない手はない」

嘘はついていない。
だが、本当の理由はとても白状出来たものではない。
これは、保科なりの決意なのだ。
今日でなくてもいい。
でも、大会中、どこかで必ず彼女に声を掛けようという決心を鈍らせないために、俗な言い方をすれば格好付けた。

「さて、行くか」

満がソファから立ち上がる。
保科は黙って、玄関に向かう満の後を追った。
兄二人にとっては、ちょっと試合を観に行こうという気軽な外出だろうが、保科は決勝戦に赴く選手のような心境だ。
スニーカーではなく少し値の張るブーツに脚を突っ込みながら、静かに息を吐き出した。

今回の聖蹟と東院の試合会場は、保科にとって、つい先日自身が選手としてプレーしたばかりの競技場だ。
当然、聖蹟ベンチの見やすい位置に腰を下ろした。
今日は一段と気温が低いと予報されていたが、保科は特に寒さを感じない。
むしろ、期待と緊張で手が汗ばんでいた。
一年ぶりだ、と、昨年と全く同じことを考える。
一年に一度、この時しか彼女に会えないのだから、当たり前だ。
そして、監督と共に姿を現した彼女を目にして、昨年と同様、もしくはそれ以上に心臓が跳ねた。
髪型が、いつもと違う。
いつもはその長い髪を背中に流したままだったのに対し、今日の彼女は、後ろで一つに纏めて結い上げていた。
特に装飾の類は見当たらないので、恐らくはファッションというよりも、邪魔だったから結んだとか、そういう理由なのだろう。
しかし、髪を上げるだけで雰囲気はがらりと一変した。
アクティブな印象が強くなる。
同時に、髪を上げているせいで後ろを向くと白い項が剥き出しになり、無骨なジャージを羽織っているのにどこか色っぽい気配もあった。
昨年までは目の上で切り揃えられていた前髪を伸ばしたのか、切る時間がなかったのか、少し長くなった前髪を斜めに流しているのが、大人びた雰囲気になっている。
快活さと知性を同時に滲ませるのは、所謂、ギャップというのだろうか。
保科の視線を釘付けにしていることなど知る由もなく、彼女はてきぱきとベンチを動き回っている。
相変わらずスカート丈は少し短くて、彼女の動きに合わせてひらひらと揺れた。
余計なお世話だと分かっていても、それが少し心配になる。
一通りの準備を終えた彼女は、いつもの三点セットを持って監督の隣に並んだ。

やがて選手が整列する。
キャプテンマークを継いだのは、柄本だった。
保科からするとそれは随分と思い切った人選だが、確かに、柄本の表情は昨年に比べて凛々しさを増したように思う。
そんな柄本の肩を、風間が軽く叩いた。
風間はすでに、プロ入りが決まったと耳にしている。
整列したメンバーの中には当然、保科が知らない顔もあった。

そしてホイッスルと共に、試合開始。
正直な話、勢いと安定感を兼ね備えていた昨年の代が抜けた穴は大きいのではないかと危惧していたが、とんでもない。
聖蹟は昨年とも一昨年ともまた異なる、完全に新しいチームとなっていた。
昨年まで聖蹟は、超攻撃型のチームだった。
だが今年の聖蹟はオフェンスを風間のワントップに絞り、その分、ディフェンスに重きを置いている。
耐えて、耐えて、守り抜いて、カウンターで一閃、そしてまた耐え忍ぶ。
常に相手チームが攻めているように見えるゲームの流れは、ピッチで体感すると精神的負荷が大きいはずだ。
それでも焦ることなく、ひたすらに守り続ける。
たった数ヶ月で、長年実感していたであろうチームの強みを捨て、百八十度方向転換したその潔さは賞賛に値した。
サッカーは点を取られなければ負けないという理論を、そのまま体現している。
ただ、とにかくよく走るチームであることは変わっていなかった。
柄本を筆頭に、皆ひたすら走る。
チーム全員が、化け物染みた体力を有していた。
その体力を生かして、ほぼマンツーマンディフェンスに近い形で相手を徹底的にマークしている。
一見すると、とても地味なチームだろう。
シュート数もかなり少ない。
素人目には、圧倒的に聖蹟の方が弱く見えるはずだった。
だが、相手チームのシュートは恐らく、打たされている。
意図したコースにシュートを打たせることでGKがそれをキャッチし、聖蹟ボールとしてカウンターに持ち込む戦法なのだ。
余程の度胸がないと選ばない戦い方である。
終始攻め込まれているように見えた聖蹟は、しかし蓋を開けてみれば、一対零で試合に勝利していた。
よくぞここまで、ディフェンス特化型のチームに仕上げたものである。
恐らく、延長戦やPK戦を始めから視野に入れているのだろう。
聖蹟にはそれに耐え得るだけの体力があり、それに対応出来る獣のような嗅覚を持った天才的GKがいる。
自信すらあったであろうチームの指針を捨てて一から作り上げた、新しいフォーメーション。
見事なものだと、保科は思った。
間違いなく、どれほど攻め込まれても表情一つ変えなかった彼女が、この新体制に力添えしている。
大した度胸と、素晴らしい思い切りの良さだ。
下手を打てば総崩れするこの戦い方を、彼女の緻密な分析力が支えているのだろう。
強気な姿勢の裏に、それを可能とした弛まぬ努力が透けて見えた。

聖蹟の試合の後は、東院の試合だ。
キャプテンの石動を先頭に、選手たちが入場する。
達成すれば東院史上三度目となる夏冬連覇を目指すチームの士気は、スタンド席からでも充分なように見受けられた。
インターハイ優勝校とあって、貫禄が滲み出ている。
攻守どちらに対してもバランスの良い、まるで手本のようなサッカーに、石動が絶妙のタイミングでトリッキーなプレーを挟み込んだ。
それが相手を翻弄し、崩れたところを正攻法でスマートに突く。
後輩たちの勇姿を、保科は感慨深く見守った。
ゴールを守るキャプテンが、背後でチームを支え、皆の背中に声を掛けて鼓舞している。
絶対に守りきるという宣言通り、その試合で、石動は相手に一本のゴールも許さなかった。
立派な守護神だ。
あの小生意気だった一年生が、今や頼もしくチームを守っている。
その成長は、保科の胸を熱く満たした。



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