[14]帰省
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十二月二十八日。
約十ヶ月ぶりの、東京駅。
保科は兄と二人、年末の帰省ラッシュに紛れて東京に戻った。

「ぁあーーー、肩凝った!」

新幹線を降りた満が、ぐっと腕を伸ばす。
エナメルバッグを肩に掛け直しながら、保科はその隣に並んだ。
適当な私服の上にジャケットを羽織っただけの保科とは異なり、満はスーツにコートだ。
J1の選手ともなると普段の服装にも気を遣うのか、それとも彼の美意識か。
そういえば聖也も、スーツ姿こそ滅多に見ないものの、私服はお洒落な雰囲気がある。
卒業して制服を着なくなった今、普段はジャージばかりだが、こういう日にもう少しちゃんとした格好が出来るようにするべきなのかもしれないと、保科は兄を見て思った。
後で相談してみようか。

「なんか食ってくか?いやでも、今日帰るって言ってあるしな。多分、色々用意してくれてるんだろうな、母さん」
「はい。真っ直ぐ帰りましょう」

三日前に、二人揃って帰省する旨を連絡した。
本当は年明けになるはずだったのだが、先日行われた天皇杯の準決勝で、満のチームが惜しくも負けてしまったのだ。
よって、一日に開催される決勝を前にして、満もまた今季の試合を全て終えた。
心底悔しがった満は、来年こそ一緒に頂点を取ろうと保科の背中をバンバン叩き、そうして気分を切り替えたらしい。
保科が実家に帰るつもりだと話すと、自分も行くと早速新幹線を手配した。
そういう経緯を電話で説明すると、聖也は随分と驚いた様子だった。
曰く、満はともかく、タクまで帰って来るとは思わなかった、とのことだ。
どうやら、大阪で練習漬けの年末年始を過ごすつもりだろうと、皆は正月に家族が揃うことを諦めていたらしい。
反論の余地がなかったので、保科はその時、電話越しに黙り込んだ。
正直、選手権がなければ、帰省という選択肢は選ばなかったと自分でも分かっていたのだ。
しかし流石にそれを口にすることは憚られた。
満は単純に、年末年始という時期特有の、実家への帰省のつもりなのだ。
保科もとりあえずは、そういうことにしておきたい。

東京駅からさらに電車を使って実家に帰ると、満の予想通り、まだ年も明けていないというのに随分と豪勢な食事が用意されていた。
母曰く、満のチーム三位入賞と、聖也のプロ契約と、拓己の本チーム入りのお祝い、ということらしい。
息子たちの活躍を喜ぶ母が本当に嬉しそうだったので、保科は安心した。
保科家は、恐らく一般的には裕福な家庭であると言えるだろう。
だが、息子が三人、しかも全員を私立の名門校に入学させ、うち二人を高校まで、もう一人を大学まで通わせてくれた。
さらに全員に、何かと金のかかるサッカーを、思う存分させてくれた。
東院のような強豪校は、合宿や遠征費も馬鹿にならない。
スパイクだって、数え切れないほど履き潰した。
それでも両親は、一度だって保科たちに金銭面での心配をさせたことがない。
どれほどの苦労をかけたのか、ようやく自分で稼げるようになったばかりの保科はまだ、理解出来ていないのだろう。
来年からはJ1で、契約金も跳ね上がった。
これからは少しずつ、恩を返していける。
保科は両親への感謝を胸に刻み、目の前に用意された食事に手を合わせた。

「それにしても、聖也もいい所にスカウト貰ったな」
「ああ。正直、運が良かったよ」

次の三月に、聖也は大学を卒業する。
四月からは、静岡をホームタウンとするJ1のチームと契約が決まった。
聖也にとっては、ようやくのプロ入りである。
三兄弟の中で聖也だけが大学に通ったのは、不運の事故が理由だった。
実力的には聖也も、高校時代にスカウトされ、そのままプロ入りするだろうと思われていたのだ。
実際、高校二年の時点で、聖也の内定はほぼ確定していた。
しかし高校三年、最後の選手権で試合中に右足を負傷。
神経が傷付き、リハビリには最短でも一年以上かかると言われた。
プロ入りの内定は取り消し。
それでも聖也は、サッカーを諦めなかった。
当時すでにプロ入りしていた長兄の試合をテレビで観て、必死で全中決勝までを戦い抜いた末弟を見て、自分だけ逃げるわけにはいかないと聖也は言ったのだ。
そのままエスカレーター式で東院の大学に進学し、リハビリを続けながらサッカー部のマネージャーを務め、そして二年次から選手として正式にサッカー部に加わった。
その後、怪我をしたことなど誰にも感じさせないプレーでチームを牽引し、見事大学リーグの得点王に上り詰めた。
そんな聖也が、ついにプロとしてプレーする。
これで春からは、三兄弟全員でJ1の選手だ。

「となると、次の目標はまた三人一緒だな?」
「ああ。次は、日本代表だ」

保科はこの一年で、今まで以上に現実を知った。
プロの厳しさを、勝つことの難しさを、無理をすることのリスクを。
プロの選手になり、三人で描いた夢へと立場は一歩近づいたが、その分、現実を目の当たりにしてその実現から遠ざかったような感覚もある。
だが、保科より七年多くこの世界にいる満が、恐らく保科よりもその目標への距離を正確に理解しているであろう長男が、まるで何の迷いもないような口調でそう聞くのだ。
大怪我をして、サッカーを続けることさえ絶望視された聖也が、三人の中で最も険しい道を歩いてきた次男が、当たり前のようにそう答えるのだ。

「はい。必ず」

保科は、二人の兄に向かって頷いた。


久しぶりに帰省しようが、久しぶりに家族が揃おうが、兄弟三人、ボールに触れずにいられるのは精々半日が限界らしい。
気が付けば聖也がどこからともなくボールを取り出してきて、気が付けば三人で庭に出てリフティングを始めていた。

「いつまでこっちにいるんだ?」
「んーー、特に決めてないな。一週間くらいはのんびりするつもりだが。タク、お前は?こっちで何か予定あるのか?」

のんびりと言葉を交わしながら、一つのボールを蹴って回す。

「選手権を、観に行こうと思ってます」
「高校のか」
「ウチは出ないのにか?」
「はい」
「ふぅん。まあ確かに、今年も面白そうなのが何人かいるよな」
「相庭、大柴、風間、あとは新納あたりか」
「個人的には君下も気になるな」
「ああ、聖蹟の十番か」

兄たちがなんだかんだと盛り上がる声を聞きながら、大きめに飛んで来たボールを保科は踵で蹴り上げた。

「どうした?楽しそうだな、タク」

笑いを滲ませた声で問われ、保科は少しばかり気恥ずかしくなる。
否定出来なかった。
浮かれている己を自覚しているからだ。
同時に、とても気が逸っている。
昔、クリスマスプレゼントに新しいスパイクを買って貰い、でも二十五日の朝まで箱を開けては駄目だと言われた時のような感覚だった。

「……はい、」

もうすぐ、会える。
一年ぶりだ。
ようやく、彼女の姿を再びこの目で見ることが出来る。
変わりないだろうか。
元気にしているだろうか。
また、無理をしたりはしていないだろうか。
今回は何度、彼女の笑顔を見ることが出来るだろう。

「変な奴だな。まあ、お前が行くなら俺たちも行くか。会場は?どこの試合を観たいんだ?」

例年通り、今年も準々決勝までは、数カ所に分かれて試合が行われる。
すでに、聖蹟の試合が行われる会場は調べてあった。

「駒沢に。聖蹟の試合を、観たいです」

今年こそ。
全国を制覇する、彼女の笑顔を見たい。



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