恋人たちの写真事情[1]
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ナマエがそれを見つけたのは、偶然に偶然を重ねた結果だった。

「…………なに、これ」

その正体が何であるのか、ナマエはわざわざ問わずとも理解したが、思わず口から疑問が零れる程度には自身の目を疑ったのだ。

「そ、れは………っ、そのっ、」

そして、その言葉を質問ではなく詰問と捉えた秋山は頬を真っ赤に染め、突き付けられたそれを前にして硬直した。

二人の間にあるそれは、写真である。
大きさは縦に約十センチ、横に約三センチ。
その随分と縦長の写真には、二人の被写体がいた。
今まさに写真についての問答を交わしているナマエと秋山こそがそうである。
写真の中の秋山はサーベルを儀礼抜刀の型で胸の前に構え、ナマエはその手前に腰掛けていた。
二人とも見慣れた制服姿である。
互いに比較的真剣な表情の中にも余所行きの微笑を浮かべて写っているその写真を、ナマエは指先で摘み秋山の目前でひらひらと振った。


話は、一週間ほど前に遡る。


「集合写真?」

秋山以下特務隊のメンバーを揃えた情報処理室でナマエが簡潔な説明を終えると、真っ先に首を傾げたのは道明寺だった。

「そ、法務局の指示でね」

それは、この四月から年度ごとに写真撮影を行ってそれを提出するように、という内容だ。
セプター4全体と、各部署ごとの集合写真。
そして宗像個人の肖像と、その側近及び護衛に該当する人員と共に写ったものを一枚以上。
たかが写真だが、それはセプター4の人員と構成を特定する資料となり得るものだった。

「へえ、そんなの初めてっすね」

日高が不思議そうに零す。
その通り、セプター4に所属する隊員の顔が写真として公開されるのはこれが初めてのことだった。
ほんの三ヶ月前まで宗像の私物とも言うべき"公然の秘密組織"であったセプター4は、今や公的機関としての地位を確定されつつある。
書類、写真、その他諸々の情報をことごとに求められるのは、そうした趨勢の一環だった。
特に政府は、jungleの件で痛い目を見たばかりである。
写真提出の要求は、異能集団を危険視する政府がセプター4に手綱をつけようとする、あるいは外堀を埋めようとする狙いによるものだろうと見て間違いなかった。
しかし言い換えればそれは、セプター4と政府との間に繋がりが生まれ、同じ地平に立つということでもある。
それを逆手にとって腹芸をこなすことが、これからのセプター4にとっては必須だった。
これまでは宗像が王という肩書きを以て政府を圧制してきたが、頭上の目印を失った今となってはより自由により老獪に搦め手を用いるべきなのだろう。
ナマエから見た宗像は、この状況を随分と愉しんでいる様子だった。
確かにそれは、宗像礼司の真骨頂である。

などという思惑を、勿論ナマエは語らなかった。
伏見がどうであったかは想像に難くないが、少なくともこの場にいる面々は、宗像がすでに諾とした指示に対して反発するようなことはない。

「いつ撮るんですか?」
「制服、クリーニングしておいた方がいいですかね」

全くもって、素直な男たちであった。

そして後日、よく晴れた日の午後に撮影は行われた。
全体写真、各部署の集合写真、と順に撮影され、最後が宗像とその側近たちの写真だ。
ちなみに日高は宣言通り、きちんとクリーニングされた制服を身に纏っていた。
前列に宗像と淡島、伏見が椅子に腰掛け、後列に秋山以下特務隊の面々が立ち並ぶ。
ナマエは宗像の指示で淡島の隣に座ることとなった。
伏見が腕と脚を組み、外方を向いているのはご愛嬌。
他の隊員たちはそこそこ真面目な顔を取り繕って写真に写った。

その写真は当初の目的通り法務局に提出されたわけだが、宗像はそこに親睦の意も込めた。
つまり、それぞれが写っている写真を、隊員たちに配ったのだ。
確かにそれは、セプター4で宗像体制が始まって以来、初めての記念撮影でもあった。
こんなことでもない限り手に入らないような写真である。
ナマエは、幹部全員の揃った写真を一枚貰い、自室のデスクに仕舞った。
中には写真立てに入れたりコルクボードに飾ったりしている隊員もいるようで、多くの隊員たちが初めて手にした仲間との集合写真を殊の外喜んでいる。

だが厚意で写真を配った宗像もまさか、こんな使い方をされるとは思っていなかっただろう。


「あの、確かに切ってしまったんですけど、でもちゃんと二枚貰って、それはそのうちの一枚ですよ?!」

秋山の口からまず飛び出した言い訳に、ナマエは失笑した。
そんなことは聞いていないし、そもそもどうでもいい。
秋山が自分とナマエの写っている部分だけを切り取ろうとした結果、隣に立つ親友の髪と肩を裁ってしまったことなんて知ったことではなかった。

「………すみません、」

ナマエの沈黙をどう解釈したのか、秋山が項垂れる。
ぺたりと伏せられた犬の耳が見えるようで、ナマエは苦笑を浮かべた。

「ツーショットって、撮ったことないじゃないですか。だから、つい……」

偶然にも、前列の左端にナマエが座り、そして後列の左端に秋山が立って写っているのだ。
縦に鋏を入れると、ちらりと見切れた茶髪を無視すれば、確かにそれは二人のツーショット写真だった。

「………怒ってますか?」

俯いた秋山が上目遣いに様子を窺ってくる。
それはナマエが呆れ返るほどの愚問ではあったが、秋山の性格上仕方のないことだと分かっていた。

「だから、別にこんなことで怒りはしないって」

秋山がナマエに対して必要以上に臆病なのは、疾うに慣れている。
こればかりは繰り返し否定していくしかないのだろうと、ナマエが長期戦を覚悟したのはもう随分と前のことだった。

「怒っちゃいないんだけどさあ、」

改めて縦長の写真を眺め、ナマエは苦笑する。
あからさまに切り取ったと分かるそれは、ツーショット写真と呼ぶには随分と無理がある代物に思えた。
当然、そこに写る人物はどちらも、恋人と二人で写真を撮る顔などしていない。
こんなものを大切に仕舞っておかなければならないような関係を、ナマエは秋山に強いているのだろうか。
恐らく秋山が今でも隠し持っているもう一枚の、ナマエが一人で写っている写真だって、隠し撮りによるものだ。

「まあいいや」

写真を返せば、秋山は安堵したように頬を緩めてそれを両手で受け取った。
再び丁寧に仕舞われるそれを、ナマエは何とも言えない気分で眺める。
胸裡に、奇妙な痼りが残った。



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