貴女に捧ぐこの胸いっぱいの愛を[10]
bookmark


もう一度バスタブで身体を温め、また裸のままベッドルームに戻った。
その頃には外が若干白み始めていて、秋山は本当に朝まで寝かせてあげられなかったとこっそり苦笑を零す。
濃厚すぎる性行為を五回、秋山に至っては追加で一回、体力にはそれなりな自信のある二人も流石に限界だった。
公休という特別な日だからこそ出来ることだ。
その特別な日に、秋山はもう一つしてみたいことがあった。

「ナマエさん、」

先に寝転んで、片腕をシーツの上に伸ばす。

「……駄目、ですか?」

これまでに、一度もしたことがない行為だった。
秋山の意図を察したナマエが、きょとんと目を瞬かせる。

「もしかして、いつもしたかったの?」

その問いに、秋山は苦笑した。
答えはイエス一択。
しかし、ベッドを共にするようになった始めの頃にどういう理由でナマエがそれを良しとしないのか聞いていたし、それに納得もしていたから我儘を言うことは出来なかった。

「そっか」

秋山の沈黙を正しく理解したナマエが、柔らかく微笑む。
そして、秋山の隣に寝転び、秋山の左腕にその頭を乗せた。

「今日だけね」

絶対に呼び出されないと確約されている時間は、まだ後七時間ある。
今ならたとえ腕が痺れたとしても支障はなかった。
初めて実現した、夢にまで見たシチュエーションに、秋山は内心で盛大に悶えながら右手でナマエの髪を撫でる。

「夢が一つ叶いました」

秋山の本心は、ナマエには大袈裟に聞こえたのだろう。
呆れたように苦笑して、触れるだけのキスをくれた。
腕の上に乗る重みと湿った髪の感触が、心底愛おしい。
右手でナマエの後頭部を支えながら、顔中にキスをした。
それでも、胸懐から溢れ返る切情は表現しきれなくて、それが酷くもどかしい。
だが、ナマエが幸せそうに笑ってくれているから、今はそれで良かった。

「眠いですか?」

ナマエの瞬きが、少しずつ緩慢になってくる。
素直に頷いたナマエの髪を、秋山はそっと撫でた。

「大丈夫ですよ、もう眠って下さい」

こうしてナマエが欲求を晒してくれることが当たり前ではないと知っているから、秋山は胸臆が暖かく満たされるのを感じる。

「あきやまは……?」
「俺も流石に眠たいです」

苦笑して見せれば、ナマエが薄く笑った。

「おやすみなさい、ナマエさん」
「ん、おやすみ……」

目を閉じたナマエの髪を、静かに撫で続ける。
しばらくすると呼吸が緩やかになり、ナマエが眠りに落ちたと分かった。
もしかしたらそれは、普通のことかもしれない。
恋人の腕枕で、頭を撫でられながら眠る。
ごくありふれた、光景なのかもしれない。
だが秋山は、これがナマエにとっての普通とはかけ離れていることを知っていた。
本来のナマエは、同じ室内にいる人間が少し身動ぐだけで意識を覚醒させるような、そんな人なのだ。
軍で培われたその警戒心は、戦場においては命を守るための立派な武器でも、平時には厄介な代物である。
その異常な敏感さを普通にしてしまったナマエが唯一例外とする相手、それが秋山だった。
秋山が、ナマエにとっての安心出来る相手になれたのだ。
だからこうして無防備に眠ってくれる。
喉が渇いた、身体が言うことを聞かない、疲れた、眠い、と。
普通であれば当たり前のことを、ナマエにとっては決して人に晒け出したくない自らの欲求を、秋山にだけは見せてくれる。
それが秋山にとってどれほど嬉しいことか知りもせずに、ナマエは安らかな寝息を立てていた。
その額に、唇を寄せる。
それでもナマエは起きなかった。
不意に泣きたくなるような衝動が込み上げて、秋山は目を伏せる。
愛おしくて堪らないと、心が震えた。

室長と何度か同じベッドで寝た、と告白してくれたナマエの言葉は、今でも耳に残っている。
嫉妬する気持ちがないとは言えなかった。
だが同時に秋山は、確信している。
ナマエが宗像に見せたのはこの無防備な寝姿ではなかったのだろう、ということを。
きっとナマエがそれを許すのは、秋山だけなのだ。
都合の良い妄信だとしても構わない。
そう信じられることが、信じさせて貰えることが、幸福だった。

「ナマエさん……」

秋山の二の腕に顔を埋めて眠るナマエの表情はとても穏やかだ。
この人が守るための戦いをやめられないことを、秋山は知っていた。
秋山もまた、その種類は変われど戦うための術を手放せないからだ。
だからきっとこの先も、不安な夜はあるだろう。
ナマエがまた怪我を負う日が来るかもしれないし、反対に秋山がナマエに心配をかける日も来るだろう。
毎日こうして腕枕をさせてもらえる生活がもしあるとすれば、それはずっと先の未来だ。
それまで互いが生きていられるかどうかなんて、誰にも分からなかった。
それでも、たとえ絶対がなくても、最期の瞬間まで諦めることなく隣にいたい。
みっともなくても、不格好でも、必死でナマエの隣に立って、守り続けたい。
約束を、決して違えないように。
そしてこの過酷な日々の中で、一度でも多く、穏やかに眠ることの出来る夜をナマエに与えられるように。

「ずっと、愛してます」

贈られた腕時計に恥じない男であろう。
それを秋山に似合うと言ってくれたナマエの信頼に応えられる男であろう。
眠るナマエを抱き締めて、秋山はそう誓った。



次にナマエが目を覚ましたのは、午前九時。
チェックアウトの、そして公休が約束されたタイムリミットの三時間前だった。
秋山は結局、眠ってしまうのが勿体なくて殆どずっと起きていたが、不思議と眠くはなかった。
ナマエの寝顔を見つめていれば、それが秋山にとっては何よりの薬となる。
ナマエは、秋山を癒し元気にする天才だった。
そう、様々な意味で、元気にする天才だったのだ。

これは余談だが、起床後、ナマエは服を着る前にシャワーを浴びた。
例の、三面ガラス張りのシャワースペースだ。
その時の秋山には、下心も他意もなかった。
誓って、そんなつもりではなかったのだ。
だがうっかり、顔を洗おうとしてナマエがシャワーを浴びている最中にドレッシングルームに足を運んでしまった。
そうなると当然、ガラスの向こうで頭からレインシャワーを被るナマエの裸体が視界に入ってしまう。
そこで我慢出来ないのが、秋山のどうしようもないところであり、男の性だった。
シャワースペースのガラス戸を開け、驚くナマエを背後から抱き締め、馬鹿じゃないのと散々甘く詰られながら、降り注ぐ雨の中、ナマエの指に自らのそれを絡めてガラスに押し付け、立ったまま後ろから抱いた。
これもまた秋山が意図したことではなかったのだが、ナマエが手をついたガラスの更に向こうには、ドレッシングルームの鏡があったのだ。
つまり秋山の視線は、目の前にいるナマエの後ろ姿と、鏡に映るナマエの蕩けた表情から震える爪先までを同時に捉えた。
これでいつも以上に興奮するなというのは無理な相談だろう。
朝から馬鹿みたいに元気な秋山に立ったまま二度抱かれ、ついに腰が砕けたナマエはその後しばらく秋山に文句を言い続けたが、秋山にとっては全て睦言の範疇内である。
結局、申し訳なさそうに苦笑しながらも実は上機嫌な秋山に手を引かれてホテルを後にしたナマエは、疲労困憊で屯所に戻った。

そんな、二人の甘ったるくて幸せな休日だった。






貴女に捧ぐこの胸いっぱいの愛を
- いつまでも、受け止めてくれますように -




prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -