この哀しい罪を抱いて[4]
bookmark


「ーーっ、い……っ、た、ぁああっ」
「ぐ……っ」

強引に押し入ったそこは、信じられないほどに狭い。
二人の間で何度も回数を重ねてきた行為だが、挿入して、ナマエが痛いと悲鳴を上げたのはこれが初めてだった。
秋山にとっても、快感より苦痛の方が圧倒的に大きい。
冷静さなど皆無な状態の秋山にも流石にこの瞬間、ナマエと宗像との間にこの行為がなかったことは理解出来た。
そうであれば、ナマエにとってセックスはかなり久しぶりということになる。
ここしばらく、忙しすぎて全くそういった時間が取れなかったのだ。
これだけの期間を空けた上に慣らしもしなければ痛いのは当然である。

「………あ、きやま……」

弱々しい声音で呼ばれ、不意に秋山の視界が滲んだ。
ナマエのワイシャツに出来た染みを見て初めて、秋山は己が泣いていることを知る。
こんなことをした秋山に泣く資格などなく、泣きたいのはナマエの方だろうに、涙は止まらなかった。

「……ナマエ、さん……っ」

今日、初めて名を呼んだ。
明らかに泣いていると分かる震えた声に、ナマエが振り返る。
顔を見られたくなくて、秋山はナマエの背に額を押し付けた。
髪から、ワイシャツから、煙草の匂いが漂っている。

「なんで……っ、どうして、」

秋山は獣のように唸り、腰を一旦引いてから再び突き上げた。
手の自由を奪われたナマエが、声を殺そうと顔を壁に押し付ける。
それでも痛々しい悲鳴交じりの喘ぎ声は秋山の鼓膜を揺さぶった。

眩暈と吐き気を誘発する、宗像の匂い。
脳裏に浮かぶ、宗像がナマエを抱き締めた瞬間。
それに連鎖して、まるでスライドショーのように瞼の裏を焼く、勝手な想像上での二人の姿。
セックスをしていなかったとしても、これほどの匂いが移ったということは間違いなく一夜を共に過ごしたのだろう。
宗像はずっと、ナマエを抱き締めていたのだろうか。
同じベッドで眠ったのだろうか。
ナマエも、宗像を抱き締め返したのだろうか。
自らの首を絞めるだけだと分かっているのに、下卑た想像は止まらない。

「ーーッ、ぁ、ああ、う、ーー ぐ、ぅ……っ」

痛みに呻くナマエが髪を乱す度、匂いが強くなった。

このひとは、俺の恋人だ。
このひとは、誰にも渡さない。

右手をナマエの身体に回し、きつく抱き締めた。

「ナマエさん……っ、いやだ、いやです……!」

五年近く、つまり大人になってからのほぼ全ての時間、秋山はナマエに恋い焦がれている。
人生で初めて、本気で好きになった女性。
初めて、生涯を共にしたいと願った人。
その人生を守るためならば己の命などいくらでも捨てられると断言出来るのに、悲しませたくないから絶対に先には死なないと誓った存在。
世界中を探しても代わりはいない、秋山氷杜にとっての唯一無二。
それが、ミョウジナマエなのに。

「おれをっ、おれを捨てないで、置いて行かないで……っ。強く、なります、絶対。もっと、強くなって、ちゃんと、貴女に相応しいような、男になる、からっ。だから、おれを選んで下さい……っ」

宗像には、一生敵わないかもしれない。
でももう、王が何だ人間が何だと、そんな線引きをして諦めて、泣き言を言ったりはしないから。
ナマエが秋山にとっての絶対であるように、ナマエにとっての秋山も絶対なのだと、ナマエがそう言えるような男になって見せるから。

「好きなんです、ナマエさん……ねえ、貴女はおれが、貴女をどれほど好きか、知ってる、でしょう?」

呼吸も儘ならないほどに泣きながら、縋るように腰を振って、必死で抱き締めて、懇願するような馬鹿だけれど。
秋山は、ナマエへの言葉を惜しんだことはない。
ずっとずっと、伝え続けてきた。

「あいしてます……っ、ねえ、おれは、あなたをあいしてる、」

譫言のように、何度も繰り返す。
腰を打ち付けながら、全身で、何度でも。

「すき、ナマエさんっ、好きです……!」

確かに全て、感情論だった。
これまでも、ずっとそうだ。
秋山は、己がナマエに不相応であることを知っている。
それは立場や本質的な才能という優劣だけの話ではなく、相性も含めてだ。
思考も言動も、秋山とナマエとの間には似ているところなど殆どない。
秋山はこの二年弱、相性よりも感情で必死にしがみ付いてきた。
誰が何と言おうとも耳を塞ぎ、ただただ、振り落とされないよう捨て身の覚悟でぶつかってきた。
これが宗像ならば、きっと話は違ったのだろう。
人としての優秀さについては言わずもがな、宗像とナマエは、似ている部分が多々あるのだ。
二人の相性が良いことなど、秋山は嫌というほどに知っている。
元々、秋山にとっては負け戦になるはずだったのだ。
それを、ナマエの気紛れが拾い上げてくれた。
ナマエが拾ってくれたそれを、秋山は懸命に育ててきた。
だがそれはもう、失われてしまったのだろうか。
もう、限界なのだろうか。

「……ナマエさん……っ、ナマエ、さん……っ」
「ひ、ぁぁ……ッ、ん、あ、」

ようやく滑りが良くなり、互いが快感を拾い始めた。
ナマエの唇から漏れる嬌声が、一気に艶を増す。
そうなれば、一人での処理もしていなかった秋山の溜まりに溜まった性欲が頂点を極めるのはあっという間だった。
腰の動きが速くなり、汗で手が滑る。

「ナマエさ……っ、おねが、い、します……っ、おれ、のそばに、いてくださ、ぁあ、ーーッ、」

辛うじて働いた最後の理性で、秋山は欲望をナマエの中から抜き、ナマエの太腿に白濁をぶちまけた。
それと同時に、ナマエの手首を拘束していた秋山の左手が外れる。
解放されたナマエは壁に手を付き、その場にゆっくりと崩折れた。
互いの荒い呼吸だけが、空間を支配する。
秋山はぼんやりと滲む視界に、へたり込んだナマエを見下ろした。
乱れた髪、湿って肌に張り付いたワイシャツ、秋山の欲望で濡れた脚、比べるまでもなく圧倒的に華奢な身体。
その瞬間唐突に、秋山は己が何をしてしまったのか、ようやく理解した。
これは、強姦だ、と。
今更になって震える自らの身体がナマエとは対照的に制服を全て纏っていることにも、やっと気付く。
なんてことをしたのかと、一瞬で血の気が引いた。

「……ぁ、あ………ちが、……ナマエ、さ……」

呆然と頭を振り、その場に両膝をついた秋山を、ナマエがゆっくりと振り返る。
二人の視線が、ようやく交わった。

「………ばか。なんで君がそんなに泣いてるの」

そう言って、ナマエが苦笑する。
余計に涙が溢れた。
嗚咽のせいで意味を成す音など一つも出て来ない。
だが仮に泣いていなかったとしても、秋山は言葉を持たなかっただろう。
恋人を無理矢理犯しておいて、そこに許しを求める謝罪などあるはずもない。
秋山は、男として、人として最低なことを仕出かしたのだ。
たとえそこにどんな理由があったとしても、それは到底許されないことだった。
それでも言葉を紡ごうとするのは、死ぬほど悔いているからだ。

「ぅ、あ、ああっ、あ、ご、め……っ、ひぅ、うう、ぁぁあ、ーーっ、ぅ、んな、ああ、さ、ぅ、ああっ、あ、」

身も世もなく泣き崩れ、生きるための呼吸すら後回しにしてでも伝えようとするのは、許されずとも捨てられたくないからだ。

「はいはい、分かったって。別に怒ってないから、とりあえず死んじゃう前にちゃんと息して?」

最低なことをした秋山の頭をくしゃりと撫でて呆れたように笑ってくれるナマエを、愛しているからだ。
意思を無視して、押し付けて、痛め付けて、傷付けて。
何が愛だと、秋山は自分でも信じられない。
こんな身勝手な愛など、ナマエからしてみればない方が余程ましだろう。
それでも、愛していると心の奥底から溢れ返るこの想いは、時に様々な色や形に変化すれど、消えることはあり得ないのだ。

「……秋山、悪いんだけど時間だから先に行くよ。ちゃんと泣き止んで、シャワー浴びてから出勤しなね」

ティッシュで身体を拭いたナマエが、手早く制服を身に纏っていく。
秋山は栓が壊れたかのように溢れる涙を止められないまま、微かに首を縦に振った。

「あ、の……っ、から、だ……っ、」
「大丈夫。だからあんま気にしないの、分かった?」

秋山の、あまりに言葉足らずな問いは、ナマエによって容易に正しく解釈される。
その答えを鵜呑みにするほど秋山は能天気ではないし、自らの犯した罪の重さも承知していたが、ぽんと秋山の頭を叩いたナマエの手に促されてもう一度頷いた。
そのまま項垂れているうちに、ナマエがドアを開けて部屋を出て行く。
残されたのは涕洟に塗れて絶望する秋山と、原型をとどめないほどブーツに踏み潰されたレアチーズケーキだった。






この哀しい罪を抱いて
- それでも愛を否定しないでほしいと希う -




prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -