この哀しい罪を抱いて[3]
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御柱タワーにおける、緊急性の高い事後処理が一通り済んだのは、すっかり夜の明けた午前七時頃のことだった。
白い朝日が、疲労困憊した隊員たちの姿を浮き彫りにする。
淡島と共に現場の指揮を執っていた秋山は、眩い太陽光がいっそ恨めしく感じられるほどだった。

日付が変わって、二十五日の朝。

屯所へと帰投する車中、秋山は弁財に運転を任せ、助手席でぼんやりと窓の外を眺めていた。
冷えきったクリスマスの朝は、別に雪が降っているわけでもないのになぜか全体的に白みがかって見える。
ホテルから手を繋いで出て来る男女がいたかと思えば、駅に向かって足早に歩くサラリーマンもいた。
昨夜はきっと眩しいほどに輝いていたであろうイルミネーションが、今はただ木の枝に巻き付いているだけの電球に成り下がってどこか物悲しい。
頭の中を空っぽにして歩道を眺めていた秋山は、不意に視界に飛び込んできたコンビニを見て、唐突に泣きたくなった。

せっかくだし、コンビニでケーキでも買おうよ。

四日前、ナマエが笑いながらした提案が蘇る。
トマトソースのオムライスと、コンビニのレアチーズケーキ、そしてインスタントのコーヒー。
秋山のクリスマスに必要なものだった。

「……弁財、寄ってもいいか?」
「ん?ああ、分かった」

殆ど無意識のうちに、言葉が零れていた。
秋山が指差した先を見て、弁財が何の疑問も差し挟むことなく寄り道をしてくれる。

「すぐ戻る」

駐車場に車が駐められ、秋山はシートベルトを外して外に出た。
オムライスの材料は、一昨日買った。
勿論トマト缶も購入済みだ。
インスタントコーヒーはまだナマエの部屋にたくさん残っている。
だから後は、ケーキがあればよかった。
生菓子のコーナーに足を運べば、昨夜売れ残ったらしいケーキがまだいくつか並んでいる。
チョコレート、苺ショート、モンブラン、そして。

「……あった、」

秋山は、カットされたレアチーズケーキがふた切れ入ったパックを手に取った。
迷うことなくそれを持ってレジに向かう。
三百九十五円を支払って、小さなビニール袋を片手に店を出た。
馬鹿なことを、していると思う。
手の込んだオムライスを作ろうが、いつもより丁寧にコーヒーを淹れようが、今更ケーキを買おうが、きっと今日、秋山のもとにナマエは来ないだろう。
喧嘩をしたわけではないし、別れ話をしたわけでもない。
二人は何も変わっていないのに、そこに介入したもう一つの力が圧倒的すぎた。
だからもう、こんなものは必要ないのに。

「…………ばかだな、お前は」

車に戻った秋山を出迎えたのは、弁財のそんな言葉だった。
単語そのものは、ただの暴言だ。
だがその響きがあまりにも優しくて、秋山は静かに笑った。

「ああ、俺もそう思う」

助手席に座り、ケーキを傾けないようそっと膝の上に置いて、それを両手で支える。
心底馬鹿らしくて、どうしようもなく悲しくて、そして愛しかった。


結論から言うと、そのケーキがナマエの手に渡ることはなかった。
そして、秋山の口に入ることもなかった。

屯所に帰着し、弁財が公用車を駐車場に駐めに行っている間、秋山は先に青雲寮に戻った。
本来であれば真っ直ぐ情報処理室に向かうべきところなのだが、先にケーキを部屋に置きたかったのだ。
手にビニール袋を提げて、秋山は足早に寮の廊下を歩いていた。

「………え……?」

しかしその途中、目にした光景に秋山は足を止めて硬直することになる。
廊下の突き当たり、宗像の私室のドアが不意に内側から開かれ、そこからナマエが出て来たのだ。
一瞬見間違いかと思ったが、そうではない。
そこにいたのは、制服を身に纏い、長い髪を下ろしたナマエの姿だった。
秋山の姿を認識したナマエが、ほんの僅かに目を瞠る。
だがそれも一瞬のことで、すぐにナマエは平然と歩き出した。
二人の距離が縮まっていく。
だが、ナマエが秋山の前で足を止めることはなかった。
まるで数時間前のデジャビュのように、ナマエは秋山の隣を通り過ぎようとする。
あの時、宗像の背を追うナマエを、秋山は呼び止められなかった。
同じことを繰り返すのは嫌だと、思い切って息を吸い込む。
しかしその時、不運にも秋山は気付いてしまった。

ああ、ーー いやだ。

鼻孔を満たしたそれには、嫌というほど覚えがある。

いやだ、いやだ、いやだ。

これは、宗像の、煙草の匂いだ。

かつて秋山を苦しめた、特徴的な香り。
息が詰まる、吐き気がする。
腸が、煮え繰り返りそうだった。

秋山は次の瞬間、咄嗟に振り返り、歩き去ろうとしていたナマエの二の腕を強引に掴んだ。
驚いたように振り向いたナマエの視線など無視して引きずるように歩かせ、そのまま自室のドアを開けるとナマエの身体を中に押し込む。

「ちょ、なにして、秋山?」

予想外だったのだろう。
背後でドアを閉めてから見下ろしたナマエは、間違いなく驚いていた。
だが、秋山がこんな乱暴なことをしたにも関わらず、そこに怯えの色はなかった。

信頼されている?
何をしても許される?

否。
秋山が何をしたとて、それは宗像の力には決して及ばず、そしてそれはナマエを動かしはしないのだ。
所詮、その程度ということだ。
優先順位は変わらない。
ナマエは、たとえ感情が何を訴えたとしても絶対に、理性で宗像を選ぶ。
秋山は、頭の片隅で何かが切れる音を聞いた気がした。

手に提げていたビニール袋を玄関に落とし、ナマエの両肩を掴んで力加減も考えることなく壁に押し付ける。
ナマエが痛みに顔を顰めた。
それを見て、胸裡の底で薄暗い己がほくそ笑む。
もう、戻れないと思った。

「……一晩中、一緒にいたんですか」

己でも信じられないほど低い声が、喉の奥から迫り上がる。

「気付いてます?煙草の匂い、凄いですよ」

蒸せ返りそうなほどの、宗像の匂い。
これほど鮮明に匂いが移る状況を、他にどう説明すると言うのだろうか。

「髪も、下ろしてる」

以前、秋山は言った。
ナマエが髪を下ろしている姿は特別だから、他の男には見せて欲しくない、と。
ナマエはその我儘を了承してくれた。
それなのに。

「………ねえ、俺よりあの人が良くなりましたか」

秋山の嫉妬に、反論してくれればよかった。
それがあからさまな言い訳でもよかった。
ナマエが否定してくれれば、秋山はそれを信じて騙されることが出来たのに。
ナマエは秋山を見上げたまま、口を閉じて何も言おうとはしなかった。

「そう、ですか。それが、貴女の答えですか」

これが、最後の懇願だった。
だから、それでも黙したまま秋山を救ってはくれないナマエに、噛み付くようなキスをした。
固く結ばれた唇を強引に舌で割り開いた途端、味蕾に感じる苦味。
それが煙草特有の味だと気付いた瞬間、秋山は何の遠慮も手加減もなく咥内を荒らした。

この人は、こんなことまで、あの人と。

怒りなのか悲しみなのか、最早自分でも分からなかった。
裏切られた、と、心が慟哭する。
息が苦しいとナマエに胸元を叩かれても、しばらくはやめなかった。

唇を離し、必死で酸素を取り込もうとするナマエへの気遣いなど忘れて、制服のボタンを引き千切るように外す。
上着を剥ぎ取り、スラックスと下着を脱がし、ワイシャツ一枚になったナマエの身体を反転させて再び壁に押し付けた。

「ま、ーーっ、まって、あきやま、」

ようやく呼吸が整い始めた頃にはすでにあられもない姿を晒す羽目に陥っていたナマエの上擦った制止を無視して、秋山はナマエの両手を彼女自身の腰の後ろで拘束する。
左手でその両手首を纏めて掴み、右手で自らのスラックスを寛げた。

「秋山っ、ちょ、ほんとに、」

下着をずらし、途中まで勃ち上がったそれを数度扱いて必要な硬さにする。

「やだ、秋山、まって、」

ナマエの訴えは全て無視した。
逃げ出そうとする身体を両手首の上から力を掛けることで無理矢理押さえ付け、抵抗を全て男の力で捩じ伏せて。
秋山は、全く何の準備も施していないナマエの秘所に、屹立を突き入れた。



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