光も影も、貴女がくれた[2]
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「いっちょあがりぃ!」
「おー、赤城くんありがとー!」
「いやいや、楽勝っすよ」
「ははっ、さっすが、頼りになるねえ」

護送車の運転席から降りた秋山は、またもや目の前に広がる、ここ数日で見慣れた光景に思わず顔を顰めた。
そこまでする必要があるのかと問い質したい衝動を抑えるために、拳を握り締める。
吠舞羅のメンバーに囲まれたナマエはそんな秋山の様子に気付いているのかいないのか、いつもより大きな声で快活に笑っていた。
まったく、大した役者である。

セプター4と吠舞羅による合同作戦が始まってから、三日が経っていた。
結論から言うと、戦果は予想以上である。
事前に提示されたナマエの推論は的を射ており、セプター4の面々は吠舞羅の特性を活かすことによって、自分たちの力を温存したままこれまで以上の検挙率を叩き出すことに成功していた。
対jungle戦闘の総指揮を執るナマエが毎度掲げる作戦は至ってシンプルで何の捻りもなく、それが、単純な思考回路を持つ者の多い吠舞羅にとっても受け入れやすかったのだろう。
彼らもまた、公然と暴れ回ることが出来て爽快なのか、意気揚々と敵を叩きのめしてくれていた。
随分と気分が良いらしく、事前に危惧されていた性格や価値観の不一致によるセプター4との衝突も一切ない。
親しく握手するほどの仲にはならなくとも、互いの実力を認め合う程度には良好な関係が築けていた。
もしもナマエがセプター4側の指揮官として踏ん反り返り、悠然と構えて複雑な命令など出していれば、決してこのような連体感は芽生えなかっただろう。
ナマエは、立ち回り方を心得ていた。
単純明快な作戦を打ち立て、吠舞羅のメンバーが気持ち良く動ける状況を作り、美味しいところをわざと譲って、戦闘が終わればストレートな感謝と労いの言葉を何度も口にする。
そこまで徹底した環境を用意されては、吠舞羅の面々も忌み嫌う青服に協力することへの不平不満など口に出来なくなったのだろう。
共闘作戦の初っ端では刺々しかった空気も今は霧散し、血の気の多い吠舞羅のメンバーがセプター4に対して随分と丸くなっていた。

その辺りまでなら、秋山も納得出来たのだ。
ナマエらしくない作戦ではあるが失敗は一度もないし、吠舞羅のメンバーに向けられるストレートな褒め言葉を羨ましいとは思っても流石にそんなことで拗ねるつもりはない。
だが困ったことにナマエは、正直少しやり過ぎだと秋山が機嫌を損ねるほどに、立ち位置を吠舞羅に寄せているのだ。
普段よりも粗雑に砕けた、要は吠舞羅のメンバーにとっては取っ付きやすい口調。
大袈裟な喜怒哀楽に、常のような含みを持たせない無邪気で直情的な態度。
最初こそ年上の女性ということで警戒されていたナマエだったが、あっという間に吠舞羅の空気に馴染み、初日が終わる頃には誰からも遠慮なく声を掛けられるようになっていた。
今では、いつ誰が「姐さん」と呼んでも可笑しくないような慕われっぷりだ。
つくづく、場に溶け込むのが巧みな人である。
ドレスを着て政界の大物が集うパーティに参加し上品な会話を繰り広げたかと思えば、些か素行不良な少年たちに混ざって馬鹿話も出来るのだから、まさに変幻自在。
無論秋山も、ナマエのその見事な振る舞いが作戦の成功率に大きく貢献していることは重々承知していた。
ナマエがセプター4と吠舞羅の橋渡し役になることで、作戦が円滑に進んでいることもよくよく理解している。
だが、それでも、ここまで仲良くなる必要があったのだろうか。


「次はどうすんだ?」
「こっちの調子に乗った馬鹿共をどうにかしたいんだけどさ、挟み撃ちとか出来るかな」
「どこだ?ああ、ここに非常階段があるぜ」
「非常階段?へえ、やっぱり詳しいね」
「当然だろ!」
「じゃあ、こっちとこっちで追い詰めてドッカーンでいける?」
「おう!任せとけ!」

タブレットを覗き込んで会話するナマエと吠舞羅の坂東という男を見やり、秋山は溜息を吐き出した。
距離が近すぎる。
演技なのもわざとなのも分かってはいるが、あそこまで無防備に振る舞う必要はないだろう。

「ナマエー!こっち終わったぜー!」

唐突に背後から飛び込んで来た聞き捨てならない単語に、秋山は勢い良く振り返った。
軽薄な格好をした男が、ナマエに手を振って合図している。
いつの間に、下の名前を呼ばせるような仲になったのだ。
しかも、まさかの呼び捨てである。
秋山でさえ、たったの一度もそう呼んだことはないというのに、なぜこの男は易々とナマエを呼び捨てているのだ。
秋山は、妬ましさと憤りに肩を震わせた。

「はいはーい!ありがと洋!すぐ行くからちょい待ち!」

さらにその直後、ナマエに視線を戻した秋山は、その口から飛び出した単語に目を剥く。
下の名前で呼び合っている、だなんて、知りたくなかった。
普段、秋山のことは滅多に名前で呼ばないくせに、なぜこの男のことは平然と名前で呼ぶのだろうか。
演技プランなのだとすれば、凝りすぎだ。
秋山は、これ以上この場に留まっては自身が何を言い出すか分かったものではないと、荒々しく踵を返して護送車に向け歩き出した。
理性を失くして不適切なことを口走れば、ナマエの努力が水の泡になってしまう。
それだけは避けねばならなかった。
大事な局面で、嫉妬心など滲ませている場合ではないのだ。
早くこの場から逃げ出してしまおうと、秋山は運転席側のドアに手を掛けた。

しかし、である。
神様は時に意地悪だ。

「なんや、意外と上手くいっとるやないか」

のんびりとした特徴的な訛り言葉が、秋山の鼓膜を揺らした。
現状、無視出来る相手ではない。
秋山が諦めの境地で振り返った先、そこには吠舞羅の参謀、草薙出雲が煙草を咥えて立っていた。



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