笑え、全てが終わるまで[2]
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「そういえば副長、」
「なに?」
「ドイツでの収穫はどうだったんです?」

吠舞羅の参謀、草薙出雲が石盤の調査のため渡独したことについて、ナマエはまだその成果を何も聞いていなかった。
ずっと気にしてはいたのだが、何せ目の前に処理すべき問題が山積みで、そこまで手を回す余裕がなかったのだ。

「一応、本人曰くそこそこの収穫があったそうよ。でも私もまだ、直接ちゃんと話は出来ていないの」
「まあ、向こうさんもこっちもてんやわんやですもんね」

御柱タワー襲撃事件の後始末を全て負ったセプター4も、新たな王が誕生した吠舞羅も、当面は体制を整えるのに手一杯だろう。

「でも、早めに情報は得たいですね。話を持ち掛けられた当時は半分他人事でしたけど、今はむしろこっちの方が情報に飢えてますから」
「ええ、そうね。その通りだわ」

草薙が海を越えてドイツに赴くにあたり、セプター4の仲介があった。
淡島から内密に相談を受け、現地の人間に話をつけたのはナマエである。
その際に、国防軍時代のコネを利用したのはナマエだけの秘密だ。

「まあ、今度デートがてら聞いてきて下さいよ」
「ちょっと、そういう関係じゃないわよ!」

軽口に返された過剰な反応に、ナマエは噴き出した。
相変わらず、可愛らしい人だ。

「はいはい、すみませんねえ」
「誠意が見えないわよ」
「そりゃ、面白いネタだと思ってますから」
「……まったく、今はそんなことを言っている場合じゃないでしょう?」
「じゃあ、そんなことを言っている場合だったらどうなんです?」
「……どちらにしろ、よ」

馬鹿正直な人だ、とナマエは窃笑した。
こういうところもやはり、似ているのかもしれない。
嘘が下手で、気を許した相手にはガードが甘く、感情がすぐ零れ落ちる。
どちらが先かは一先ず置いておいて、だからナマエはこの人たちが好きなのだ。

「縁ですよ、副長」
「何?」
「良くも悪くも、縁なんです。利用するのも切り捨てるのも自由ですけど、せっかくなんだから大事にしないと」
「……それは、貴女のことを言っているの?」

そしてどちらも、馬鹿正直のくせに馬鹿ではないから厄介で、かつ面白い。

「そりゃあ、自慢の恋人ですから」
「ふふ……、本当に、秋山は私の知らない貴女をたくさん引き出してくれるわね」
「嫌になりますよ、ほんと」
「その割に、随分楽しそうじゃない」

脳裏に、愚直な恋人の顔が浮かんだ。
先日その彼に宛てて書いた手紙を思い出す。
よくもあんな小っ恥ずかしい文章が書けたものだと、自分で自分に驚愕したのは忘れ去りたい記憶だった。

「……秋山は、強くなったと思いませんか。恋人の欲目ですかね?」
「いいえ、私も同意するわ」
「なら安心です。だから、大丈夫ですよ」
「……セプター4が?」
「ええ。副長や室長、伏見さんがどう好き勝手に動いたとしても、きっと大丈夫です」

それでも、たったの一言も嘘は書かなかったのだ。
世辞も誇張もない、等身大の本音だけを記した。

「珍しいわね、貴女が人を信用するなんて」
「自分でも意外ですよ。こっちは腑抜けて弱くなった気分です」
「あら、私は素敵だと思うわよ」
「それはそれは。だったら見習って頂かないと」

部下としてはあるまじき発言だったが、淡島は不快な顔一つしなかった。
それどころか、群青混じりの双眸を柔らかく細める。

「ええ、そうするわ」

淡島の、憑き物が落ちたかのような表情は同性でも見惚れるほどに美しかった。
それでいい、とナマエは口角を緩める。
セプター4の隊服を着た淡島に、憂懼は似合わなかった。

「早速で悪いのだけどミョウジ、信頼する貴女に一つ相談があるの」
「聞きましょう」

上官の口にする相談なんて命令とほぼ同義であることを知っているナマエは、部下の顔をして背筋を伸ばす。
しかし神妙な表情が保てたのは一瞬だった。

「室長に、イソギンチャクの着ぐるみを諦めてもらうにはどうすればいいかしら?」
「ーーー は?」

意味が分からない。
突拍子もない質問にナマエが呆けていると、淡島は先刻までとはまた異なる温度の溜息を吐き出した。
頭痛を堪えるかのごとく、淡島の華奢な指先が蟀谷に添えられる。

「今度、幼稚園の慰問に行くでしょう?その際に室長がイソギンチャクの着ぐるみを着用しようとしているのよ。まるで特撮映画の怪獣だわ」
「……それはまたなんとも、前衛的ですね」
「ちなみに私が牛で、伏見が狐だそうよ」
「それはちょっと見たい気も……なんでもないです」

じとりと睥睨され、ナマエは慌てて前言を撤回した。
古今東西、美人は怒ると怖いのだ。

「他人事だと思って」
「まあ、私はメンバーに入ってませんからねえ」

しかし、これが笑わずにいられるだろうか。
この多事多難な状況下で園児のための余興にまで全力で取り組もうと熟考するのだから、青の王とはつくづく底の知れない男である。
こちらがヴァイスマン偏差の推移に右往左往することが馬鹿らしく思えてきた。

「いいんじゃないですか、イソギンチャクで」
「却下よ、園児達が泣いたらどうするの」
「特撮の怪獣みたいなんでしょう?ヒーローごっこで室長をフルボッコ、爽快ですねえ」
「……今の発言は聞かなかったことにしておくわ」

絶対零度の声音に、ナマエは肩を竦める。
伏見なら同意してくれそうなものだが、淡島相手に通じる冗談ではなかったらしい。

「まあ、真面目に答えるなら、仮装パーティはまたの機会に取っておくとして、今回はそのまま隊服で行って下さい」
「隊服で?」
「はい。青服をね、見せびらかすんですよ。ヒーロー参上、って」
「ヒーロー……」

何もナマエは、正義の味方のつもりでセプター4に所属しているわけではない。
非難されようが忌避されようが、こなす仕事は変わらない。
自尊心などという腹の足しにもならないような些事は溝に捨てておけば良いと思っているし、そもそも準軍事組織など恨まれてなんぼの商売だろう。
それでも、王と仰ぐ男を誇るだけの忠誠心くらいは持ち合わせているのだ。

「室長、案外子どもだからそういうの好きだと思いますよ」
「そうかしら……でも、言われてみればそんな気もするわね」
「でしょう?だからほら、子ども相手に目一杯格好付けて来て下さいよ」

この男が、我らが王様だ、と。

「参考にするわ、ありがとう」
「是非。ああでも、もし着ぐるみで行ったらちゃんと証拠写真撮って来て下さいね。しばらくネタにしますから」
「ミョウジ!」

これが、笑わずにいられるだろうか。
常人の遥か斜め上を宙返りする上官と、それに振り回されているようで実は毅然と立つもう一人の上官と、愛すべき馬鹿たち。
どんな劣勢もひっくり返して、何でも出来そうな気がしてしまうではないか。
これだから、セプター4は面白い。
秋山に話す恰好のネタが出来たと、ナマエは笑った。





笑え、全てが終わるまで
- 貴方にも貴女にも、曇天は似合わない -





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