コバルトブルーの誇り[4]
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ナマエは待った。
しかし秋山は下唇を噛んだまま、一向に話そうとしない。
その態度は、ナマエにとって違和感しかなかった。
秋山が事件の詳細を黙秘しようとする理由が全く分からない。

「……秋山ぁ、」

ナマエは仕方なしに繋いでいた手を離した。
あ、と小さな悲鳴を上げた秋山が、追い縋るようにナマエを見上げる。
敢えてその視線を無視し、ナマエは口調を変えた。

「この件の捜査は私に一任されている。だから指揮官として君に命令する。詳細を全て報告しろ、秋山」

命令という形を取れば、秋山はすぐさま口を割ると思った。
しかしナマエの予想に反し、秋山はまだ口を噤んだまま視線を泳がせて迷う素振りを見せる。
秋山ほど命令に忠実な人間を知らないナマエにとって、それはあまりに意外なことだった。
そして理解した。
どうやらナマエに関する何かが一枚噛んでいるらしい、と。
秋山が私情を挟む理由はそれ以外に思い至らなかった。

「これ以上被害者を出すつもりはない。仲間の命を天秤にかけるつもり?」

冷然とした声音を意識すれば、秋山の肩が跳ねる。
秋山の抵抗はそこまでだった。

「………戦闘の途中で、突然、男が言ったんです。あれを見ろ、と。そう言って違う場所を指差しました」

恐らく、本当に隠し通すつもりはなかったのだろう。
敵の情報を秘匿すれば、味方に必要以上の犠牲を強いることになる。
秋山が自らの都合でそんなことをするはずがなかった。

「……そこに、男がもう一人と、貴女がいました。……血塗れの……っ、あなたが、いたんです……っ」

秋山の声音が不規則に跳ねる。
何かを否定するように頭を振る姿に、ナマエはようやく錯乱の理由を知った。
その後の展開は聞くまでもない。
ナマエの姿を見た秋山は硬直し、その隙を一人目の男に攻撃されたのだろう。

「助けようと、して……っ、でも、届かなく、て……っ、男が貴女を、刺し、て……っ」

呼吸が乱れる。
喘ぐように言葉を続ける秋山は、目の前でその光景を見せられたのだ。

「……あなたが、倒れて……っ、ーー、呼んでも、応えて、くれなくて……っ、それ、で、」
「秋山、もういい」

再び喘鳴が交じり始めた呼吸に、ナマエは秋山の声を遮った。

「分かったから、もういい」

椅子から立ち上がり、ベッドに片手をつく。
そのまま秋山には体重をかけないよう覆い被さり、青褪めた頬に手を添えた。
瞼や鼻先、唇の端にキスを落とす。
引き攣った声を漏らす秋山の頬を撫でながら、何度も唇を降らせた。
恐らく、怪我の痛みなど認識していないのだろう。
秋山が必死に手を伸ばして縋り付いてくる。
ナマエは背中に回された腕をそのままに、唇を重ねた。



「……すみま、せん……」

落ち着きを取り戻した秋山が、自身の行動を恥じ入るように目を伏せる。

「何で黙ってたの、それ」

今更責めるつもりはないが、なぜ初めから説明しなかったのか。
瞼を持ち上げた秋山が、何かを恐れるように目を逸らした。

「………怒って、ますか……?」
「は?……いや、別に怒ってはないけど」
「本当に?……別れるとか、言いませんか?」
「………なんでそうなった?」

相変わらず突飛な発言に、ナマエは眉を顰める。
それともこれを通常運転だと認識し、安堵するべきなのだろうか。

「……貴女のことで、冷静さを欠いて。こんな、不甲斐ないことに、」

秋山が自身の身体を見下ろす。
確かに、秋山がここまで重傷を負うのは初めてのことだった。

「職務に支障を来すなら、別れるって、言われるんじゃないかと思って……っ」

情けないほどに眉尻を下げ、今にも泣き出しそうな顔をした秋山を見て、ナマエは思わず溜息を吐き出す。
その音にさえ身体を震わせた秋山は、本気でナマエが秋山に別れを告げることを恐れているようだった。

「君はほんっと……、もう、馬鹿だよねえ」

呆れて苦笑が浮かぶ。

「仮にだよ、じゃあ別れようって言ったとする。そしたら君は私のことが嫌いになるの?」
「まさかっ、ありえません、そんなこと、」

目一杯に首を振って否定する秋山を、ナマエも疑うつもりはなかった。
そうだろう。
例え別れようが何をしようが、秋山はナマエを好きでいてくれるのだ。

「うん。だったらさ、別れることに意味ないでしょ。どうせ君はそこに私情を挟むんだから」

仮に、交際をしていなければ秋山が私情を捨てられるというならば、確かにそれは選択肢の一つになり得る。
だが、そんなことは関係ないのだ。
秋山がナマエに情愛を傾けている限り、それは秋山にとって最大の弱点になる。
本人の意識の問題であり、外側からそれを変える方法は存在しないのだ。

「………あ……、そう、です、ね……」

それに気付いていなかった秋山は、余程冷静な思考を失っていたのだろう。
盲点を突かれたように目を瞬かせた後、へなりと表情を崩した。

「あ、はは……、すみません、ほんと」

こちらまで脱力するような笑みに、ナマエは長い呼気を吐き出す。
一気に疲労感が増した。

「ったくもう、余計なことばっかり考えるんだから」
「はい、」
「ほんと、馬鹿、」
「はい、」
「……ほんっと、ばかなんだから……」
「……はい、すみませんでした」

秋山が、困ったように目を細める。
ナマエはその顔を一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、流石に怪我人を相手にそれは不味いかと踏み止まった。

「しばらく入院だからね」
「ああ、やっぱりそうなりますか?」
「大人しくしててよ」
「お見舞い、来てくれます?」
「もう来ないから」

ええ、と秋山が情けない声を上げる。
ナマエは今度こそその頭を小突いた。

「……まあ、たまの休みだと思ってのんびりしてな」

最後に秋山の頬に口付け、椅子から立ち上がる。
生憎と、ナマエには悠長に構えている時間がなかった。
後ろ手を振って個室を後にすれば、廊下に立つ弁財に迎えられる。

「事情は聞けたから、これを元に捜査を進める」

弁財が一つ頷いた。

「……本当はさ、一般隊員何名かと君を交代させるのが正しい配置なんだけど」

ナマエはちらりと背後のドアを振り返る。
はめ込まれた窓の中、ベッドで仰向けになる秋山の姿が見えた。

「捜査から外すのは悪いと思ってる。でも、ここにいて」
「俺は構いませんが、そちらは大丈夫ですか?」

事実、秋山と弁財が二人揃って抜ける穴は大きい。
弁財もそれを理解しているのだろう。
指揮官として、ナマエとてその意味は充分に把握していた。

「……秋山の安全が保証されてないと、私が大丈夫じゃないんだ」

敵の狙いが不明のままである以上、二度目の襲撃がないとは言い切れない。
秋山の護衛を、一般隊員に任せるわけにはいかなかった。

「……ごめん、忘れて。こっちは任せる」

それは、個人の意思だ。
ナマエは苦い笑みを浮かべ、弁財に背を向ける。

「ミョウジさん!」

歩きながら、タンマツを求めて懐に手を差し入れたところで名を呼ばれ、ナマエは立ち止まった。
振り返れば、弁財が真っ直ぐにナマエを見据えている。

「任せて下さい。必ず、守ります」

真摯な瞳と、力強い声音だった。
ナマエは思わず頬を緩める。
それを見て、弁財も薄く笑った。

「ん、よろしく」

視線を戻し、再び歩き出す。
ナマエの脳内には、すでに今後の展開が何パターンも用意されていた。





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