この手を離さないsideヒロイン[3]連日の多忙なスケジュールの中、少しだけ確保できた空き時間。
ちょっと早いけどランチにしようと、会議室を抜け出した。
この辺りの美味しい店はどこなのだろう。
カリーナに聞いておけばよかった。
そんなことを考えながら、タイタンインダストリーのエントランスロビーを横切ろうとしたとき。
「ナマエ!」
不意に、大声で名前を呼ばれて。
私も、周りにいた人たちも声のした方を振り返り。
そこにあった姿に、たぶん誰もが驚いただろう。
「…バーニィ」
いつものライダースにワークパンツで、見慣れた立ち姿。
彼は足早にずんずん近づいて来ると、有無を言わせぬ力で私の手を引っ張った。
5日振りに会ったというのに、相変わらず強引だ。
大いに一目を引くのも構わず、彼は出口まで一直線。
脇目も振らずに連れて来られたのは、タイタンインダストリーの近くのカフェだった。
向かい合って腰掛ける。
私たちの間の丸いテーブルに、カフェラテが2つ置かれて。
「ナマエ」
なんとも気まずい空間を、バーニィが先に破った。
目線を送れば、先程の強引さからは考えられないような情けない顔があって。
「…すみませんでした」
小さな声で謝られ、驚いた。
「俺が、悪かったんです。すみません」
すっかり聞き慣れた一人称。
人前では僕で統一している彼が、唯一私の前でだけ使う素の言葉。
「だから、他の男を選ぶのはやめて下さい。俺以外の男を、見ないで下さい!」
悲痛な声で、叫ばれて。
店に他の客がいなくて良かったと心底思った。
「…もう1度、俺にチャンスを下さい」
そう、頭を下げられて。
途中から、話が全く見えなくなっていた私は黙り込むしかできない。
それを、要求に対するノーと捉えたのだろうか。
バーニィが泣き出しそうな顔をして。
「ナマエっ、お願いです。俺を、捨てないで下さい…っ」
まるで幼子のように縋られて。
埒が明かない、明確な即答はこれしかない、と。
立ち上がると、テーブルに手をついて身を乗り出して。
驚き固まっているバーニィに、素早く口づけた。
「…その、私が浮気してるみたいな話、どこから出てきたの?」
途端に頬を真っ赤にしたバーニィに、1番気になったことを聞けば。
「…虎徹さんが、貴女がもう俺に嫌気がさして他の人を探すと言っていた、と…」
ごにょごにょと、事情を説明されて。
思わず溜息が漏れた。
それにさえ反応して、びくりと肩を震わせるバーニィ。
「…バーニィ、あのね。私がそんなことすると思うの?」
虎徹さんのお節介も大概だが、バーニィにそう思われたのはちょっと悲しい。
「信用ないなぁ…」
思わず、そう呟けば。
「っ、貴女だって、教えてくれなかったじゃないですか、出張のこと」
そう言い咎められて。
「あぁ、ごめんね。本当は来月の予定だったんだけど、急遽早まってね。あの日言うつもりだったんだけど、ほら、喧嘩しちゃったじゃない?」
今さらかとは思いつつも、そう説明すれば。
「そう、だったんですか」
バーニィは、申し訳なさそうな顔で俯いた。
「…すみません、信じていなかったわけじゃないんです。ただ、怖くて。貴女に嫌われたらと思うと、目の前が真っ暗になって…」
その言葉に、心の中で虎徹さんを罵った。
どうせ、早く仲直りさせるために発破をかけたつもりなのだろうが、バーニィにそれはタブーだ。
まあ実際、彼の思惑通りに事は終結しそうなのだが。
それにしても手荒すぎる。
だが、元を糾せば悪いのは私なのだ。
「…誤解させてごめん。ひどいこと言ってごめん。嫌になったなんて嘘。…大好きだよ、バーニィ」
そう告げて、微笑めば。
バーニィはようやく、ほっとしたように笑ってくれた。
とりあえず、帰ったら虎徹さんに散々文句を言おう。
バーニィと一緒に。
この手を離さない- そこに、
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