変態と酔っ払いによる幸福会議[2]
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恐らくは、ここ最近の忙しさで皆羽目を外す機会を逃し続けていたことが、主な原因なのだろう。
二杯目から烏龍茶に切り替えた秋山だけを置き去りに、誰もが普段よりも圧倒的に早いペースで酒を回した。
飲み会の開始から二時間後、外で飲むときは絶対に顔色を変えない弁財と加茂が、薄っすらと頬を上気させている。
自制心の強い年長者組がそうなった時点で、それ以外の面々は言うまでもなく散々だった。
慣れない酒をしこたま飲んだ道明寺は常の二倍以上の騒がしさで喋り続けているし、榎本と布施は両者とも顔を真っ赤にして畳の上に転がっている。
五島は最早誰と話しているのかも分からない。
明日の情報室は間違いなく、二日酔いに苦しむ隊員たちの呻き声と伏見の舌打ちで満たされるだろう。
だが、そこまでなら、素面の秋山も苦笑いを零しながら見守ることが出来たのだ。
問題は日高である。
すっかり気持ち良く酔っ払ったらしい日高は、隣に座るナマエとの距離が二時間前よりも明らかに縮まっていた。
へらへらと笑うその脳天に拳骨を振り下ろしたい衝動を堪えるのに苦心する程度には、秋山にとって許しがたい近さである。
ナマエは果たして酔っているのか否か、顔色が全く変わらないため判断出来ないが、日高を邪険に扱うことはなかった。
先程、社会人として云々と理性で抑えたはずの嫉妬心が、再びむくむくと頭を擡げる。
だがここで飲み過ぎを注意出来ないのは、秋山が二ヶ月前、日高を含むこの場にいる半数の同僚たちに泥酔してマナーも常識もない行動に出た姿を見られたという負い目があるからだった。
過去の自分に首を絞められるという状況は、非常に腹立たしいものである。
秋山はグラスを持ち上げ、ストローを使わずに中の烏龍茶を呷った。

「ひーだかー、お前、そろそろミョウジさんから離れないと秋山がキレるぞー」

そして、噴き出しかけた。
唐突に落とされた爆弾のせいで、秋山は何とか飲み下した烏龍茶に噎せて咳を繰り返す。
隣から伸びてきた弁財の手が、呆れたように背中を摩ってくれた。

「え、あっ、すんません!」
「秋山は独占欲のカタマリなんだぞ?お前、明日の稽古でぼっこぼこにされても知らないからな?」
「ちょ、勘弁して下さい秋山さんっ」

秋山本人を素通りして、道明寺と日高が勝手に話を展開する。
道明寺の指摘は確かに秋山の本音そのままだったが、だからといって全員の前で大声で暴露されたい内容ではなかった。

「ちょっと、そういうことは、」
「ここに来るまでは加茂に嫉妬していたがな」

言うなよ、と続くはずだった秋山の声を遮ったのは、あろうことか弁財だった。
秋山は唖然として隣を振り向く。
普段、この手の話題に決して口を出さない弁財の茶々に、この男が本当に酔っていることを悟った。
やらかすなと釘を刺した張本人がやらかすとは何事だ。

「俺か?……ああ、話していたからか。秋山、別に疚しいことは何もないぞ?」

真面目な顔をして、加茂までもが話に乗ってくる。
ちょっと待ってくれ、と秋山は内心で呻いた。
百歩譲って、道明寺と日高はまだ分かる。
この二人が空気を読まないのはいつものことであり、馬鹿を言うな、の一言で片付けられる次元だ。
しかし弁財と加茂という、生真面目で冷静なはずの、秋山が全幅の信頼を置く二人にまで揶揄され、秋山は完全に逃げ場を失った。
確かに弁財は二人きりだと秋山を茶化して楽しむ男だが、公私の線引きが曖昧な仕事の延長とも言うべき飲み会の席では絶対にこんな発言をしないはずなのに、今夜は一体何事だ。

「秋山はミョウジさんのことになると心が狭いっつーか、器がちっさいっつーか」
「それ言っちゃ駄目っすよ隊長!そういうのも愛っすからね」

道明寺の台詞が、サーベルとなって胸を突き刺す。
そして日高の、本人としてはフォローのつもりらしい言葉が、さらにそのサーベルをぐりぐりと回す。
あまりの居た堪れなさに、秋山は顔を覆いたくなった。
酔っ払いの巣窟に一人放り込まれた素面とは、こんなにもつらいものだったのか。

「んふふ、確かに秋山さんはミョウジさんのことが大好きですからねえ。俺、この前偶然知っちゃったんですけど、秋山さんって財布にミョウジさんの写真入れてるんですよねえ」

ぶふっ、と誰かが噴き出した。
秋山は、一瞬で顔に熱が集まったのを自覚し、今度こそ耐え切れずに両手で顔を覆い隠す。

「え、まじで?!なにそれ乙女じゃん!」
「……お前、だからやめておけとあれほど言っただろう」

五島の言うことは、事実だった。
秋山は財布に、ナマエの写真を入れている。
それを知っているのは弁財だけのはずだったのだが、今この瞬間、被写体本人も含めて周知の事実となってしまった。

「ちょ、秋山、見せろって」

道明寺の要求に、秋山は無言で首を激しく横に振る。
理由は簡単で、その写真がナマエ本人の許可を得て撮影されたものではないからだった。
秋山は恐怖のあまり、先程からずっと無言を貫いているナマエの顔を見ることが出来ない。
ナマエはもうこの時点で既に、秋山の持つ写真が隠し撮りであることに気付いているはずだった。

「え、タンマツの待ち受けもナマエさんっすか?」
「……ちがう」
「ノーパソの壁紙とか」
「……デフォルトだ」

日高の問いに蚊の鳴くような声で答えれば、隣で弁財が事実だぞ、と擁護してくれた。
だが、だからといって何が助かるわけでもない。

「え、ちなみにっすけど。ナマエさんも、財布に秋山さんの写真入れてるんすか?」

矛先を変えたその問いに、秋山は思わず手を下ろしてしまった。
しかし視線を向けた先、ナマエは何の遠慮もなく「まさか」と否定して苦笑する。
期待したわけではなかった。
分かっていた。
だが、気分は勝手に落ち込んだ。

「今時そんな純情なことするの秋山くらいだって」
「いいじゃないか、道明寺。微笑ましいだろ」

こんなに余計なお世話もないと、秋山は項垂れる。
隣で弁財が肩を震わせていた。
ナマエに関する秋山のあれこれを、最も把握しているのは間違いなく弁財だ。
頼むからこれ以上何も喋ってくれるなと、秋山は必死に祈った。
普段はそんな心配など欠片もしないのだが、今夜は弁財も含め全員の螺子が緩んでいる。
暴露されては秋山が羞恥で死ねそうなことまで弁財は知っているのだと思うと、生きた心地がしなかった。

「仕方ないさ、秋山はそういう奴だ。こいつが部屋で話す内容の八割はミョウジさんのことだからな」

しかし秋山の切実な願いも空しく、弁財がさらりと羞恥を煽ってくる。
秋山の斜向かいで道明寺が爆笑した。

「重症じゃん秋山!」
「まあ、こないだも凄かったっすもんねー」

苦笑した日高の台詞に首を傾げたのは、加茂と五島だ。
こないだ、が示す日を正確に理解した秋山が慌てて止めに入るが、酔っ払った日高は秋山の制止などまるで無視して二ヶ月前の飲み会で秋山が仕出かした失態を語り出した。
秋山が豪語した内容から、ナマエに対してどんな行動を取ったのかまで、事細かに説明される。

「それで最後は、秋山さんが翌朝起きて一番最初にナマエさんに何て言うか賭けたんすよ」
「………え?」
「まあ、結果は引き分けだったんすけどね」

記憶と寸分違わぬ日高の説明を聞かされていた秋山は、最後に自分の知らない展開が待っていて戸惑った。
そんな話は知らない。

「四人がそれぞれ言ったこと、秋山全部やっちゃったんだよな」

どうやら自分が寝ている間に賭けの対象にされていたらしい、と気付き、秋山は肩を震わせた。
ようやく、翌朝にナマエが言った台詞の意味が理解出来たが、今更知りたくもなかった真相である。

「なるほど。仲が良くて何よりだな」
「んふふ、そうですねえ」

それはもう見事な微笑みを浮かべられ、秋山はテーブルの下に潜り込みたくなった。




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