変態と酔っ払いによる幸福会議[1]
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六月の頭から提案されていた、特務隊全員参加による道明寺の成人祝いが実現したのは、丁度月の後半に差し掛かった日のことだった。
道明寺の誕生日からは十日程過ぎているのだが、そんな些細なことは気にしていられない。
全員参加ともなると、スケジュールを合わせるだけで一苦労なのだ。
その上、今月は何かと事件が多く、緊急出動のせいですでに二回ほど予定が流れていた。
ストレインの奴ら俺に恨みでもあんのか、とは道明寺の文句である。

その真相はさておき、ようやく今日、道明寺の成人祝いという名目の飲み会が開催されるに至った。
特務隊全員参加という条件だったのだが、案の定といえば案の定、伏見は定時で退勤するなり「はぁ?成人祝い?行かねえよめんどくせえ」と宣って寮に帰った。
伏見に若干の苦手意識を抱く道明寺にとってその不参加表明はむしろありがたかったようで、本人がそれでいいならと、他の面々も無理に伏見を引き止めようとはしなかった。
結果、道明寺を含む元隊長格四人、元剣四組の四人、そしてナマエを加えた計九人での飲み会が決定した。
開催場所は言わずもがな、もはや常連客とも言えそうなほどに馴染みのある駅前の居酒屋である。
つまり秋山にとっては、色々と黒歴史を刻んだ店だった。

寮でそれぞれ私服に着替え、正門前で待ち合わせをして九人は駅前に繰り出した。
秋山は弁財と並んで歩きながら、少し前を行くナマエの後ろ姿を見つめる。
七分袖の黒いテーラードジャケットに、ダークネイビーのスリムなデニムパンツ。
その裾は黒いミドルエンジニアブーツに仕舞われている。
相変わらずメンズライクで露出は控えめなのに、夕暮れに靡く黒髪が艶やかで、酷く魅惑的だった。
男ばかりの一団に紛れても遅れを取らないのだから、恐らくその歩幅は一般的な女性よりも少し大きめなのだろう。
隣に立つ加茂を見上げて何事か話しているナマエの横顔を、秋山は背後から眺め入った。

「お前、今日はやらかすなよ」

不意に、それまで無言だった弁財から釘を刺される。
何のことか、など聞くまでもなかった。
秋山はこの相棒に、酒絡みで何度か多大なる迷惑を掛けているのだ。
その中でも最たるは、二ヶ月前の飲み会で起こった事件だろう。
秋山としては、記憶から全て抹消したい出来事だった。

「……分かってるよ」
「ならいいが」

隣に視線を遣れば、弁財が人の悪い笑みを浮かべている。
秋山は深く嘆息し、削除したいのにも関わらずしっかりと大脳皮質に刻まれてしまった記憶を引っ張り出した。


あの夜は、そう、酷く酔っていたのだ。
かつてないほどに気分良く、酔っ払っていたのだ。
だから、とんでもない醜態を晒した。
共に飲んでいた弁財と道明寺、そして日高の前で盛大に惚気話を繰り広げた挙句、遅れて到着したナマエに抱き着いてキスと名前呼びをせがみ散々甘え、終いには膝枕で爆睡し、弁財に背負われて屯所まで帰った。
翌朝目が覚めた時、幸か不幸か秋山はその一部始終を完璧に記憶しており、ナマエの前で「すみません忘れて下さい本当に二度としませんから捨てないで下さいお願いします」と土下座した。
ちなみに、その際ナマエの第一声は「賭けは引き分けかなあ」だったが、秋山には良く理解出来なかった。

あの大失態を、まさかもう一度繰り返せるはずがない。
あれ以来、秋山は一ヶ月間禁酒し、ここ最近も飲酒量はかなり抑えていた。
ナマエは酒の席でのことだったからと大目に見てくれたが、秋山が自分で自分の仕出かしたことに戦慄したのだ。
翌朝目が覚めた時の、あの血の気が引く絶望感は二度と味わいたくない。
今日も酒は最初の一杯だけに留めておこうと、秋山は心に固く誓った。


店の戸を潜り、案内されたのはそこそこ広い個室の座敷だった。
奇しくも、今年の頭にナマエの誕生日を特務全員で祝った時と同じ席である。
あの夜は、秋山が失態を犯した前回の飲み会とは対照的に、燦然と輝く最高の時として秋山の脳に記憶されてる。
全員の前でナマエが秋山との関係を明かしてくれた、秋山にとっては忘れられるはずもない夜だった。
氷杜、と呼ばれた瞬間の歓喜を、今でも昨日のことのように憶えている。
思い出して口元を緩めた秋山の脇に、弁財の肘鉄が直撃した。
恐らく弁財も、同じことを記憶から引っ張り出したのだろう。
調子に乗って羽目を外すなよ、という無言の圧力に、秋山は苦笑した。

テーブルを二つ繋げた座敷で、それぞれの座る位置は到着した順で適当に決まった。
秋山は己の独占欲が人一倍強いことを自覚しているが、こういう時に恋人の隣を強引に確保出来るような積極性は持っていない。
二ヶ月前の飲み会でそれが出来たのは泥酔していたからであり、素面の秋山にその胆力はなかった。
片側に、加茂、ナマエ、日高、榎本と並び、その向かいに秋山、弁財、布施、五島と続く。
道明寺は誕生日席と言って短い辺の一席、加茂と秋山の間を独り占めした。

秋山は加茂の正面に腰を下ろす。
まだ酒を飲み慣れていないという道明寺のために、加茂がメニューを開いてあれこれと説明をする隣で、ナマエが日高と話していた。
日高が熱弁しているのは、先日発売された新作ゲームの内容らしい。
ナマエは普段ゲームをしないのに、意外とその手の話に詳しいらしく、日高の話にきちんと言葉を返していた。
詳しいっすね、と笑った日高はどうやら話題を共有出来ることが嬉しいようで、あれこれと説明を続ける。
二人の間で秋山には全く理解出来ない単語が飛び交うので、ちくりと胸が痛んだ。

ナマエは基本的に、自ら話題を提供して他人との会話を広げていくタイプではない。
そういう点では秋山と似ているだろう。
しかし秋山との決定的な違いは、ナマエは敢えてそうしないだけであって、必要とあらばいくらでも口達者になれるということだった。
ナマエは本来、宗像に負けず劣らず弁が立つ。
どこでそんな知識を得たのかと不思議に思うほど様々なことに精通しており、それはIT関連から国際情勢、歴史に文学、果ては低俗な流行やサブカルチャーまで多岐に渡った。
だから、本人にさえその意思があれば、誰とでも打ち解けられる。
宗像と高尚な論議も出来るし、今みたいに日高とRPGの話題で盛り上がることも出来るのだ。
この博識さと器用さは一体どこで培われたものなのか、秋山には到底理解出来なかった。
そしてナマエは最近、以前よりもずっと組織に溶け込んでいる。
前はもっと明確な壁を作り、誰とも必要以上に近づかなかった人なのに、いつの間にか自ら人と関わるようになった。
決して、それが嬉しくないわけではなかった。
仲良しごっこをしようと言うのではないが、隊内でのコミュニケーションが円滑なのは組織としても利点になる。
こんな風に飲み会に参加してくれることも、もちろん嬉しい。
だが、他の男とあまりにも自然と仲良く接する姿に、思うところがないとは口が裂けても言えなかった。

だめだ、と秋山は小さく首を振る。
嫉妬で思惟を曇らせてはいけない。
こうして皆で飲む機会は、きっとこの先何度でもあるのだ。
その度に悋気していては身が持たないし、社会人としても自らの気分で空気を悪くするなんて身勝手は許されない。
秋山はゆっくりと深呼吸し、意識して表情を緩めると、ビールの人ー?、という日高の問いに軽く手を挙げた。


「それじゃあ、成人おめでとう俺!!」

そして、祝われる本人自らの音頭によって、飲み会は幕を開けた。




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