還る場所[2]「〜〜っ、もう知らないっ!」
薄暗い中でも分かるほど頬を赤くしたナマエが、とても愛しく感じた。
笑いながらそれを指摘すれば、彼女は寒さのせいだと言い張るから。
そういうことにしておいてあげよう。
「じゃあ、暖めてあげます」
そう言って、彼女の右手を握り締めた僕の手ごと、纏めてジャケットのポケットの中に。
そうして寄り添って、再び星空を見上げた。
その時。
左手首のPDAが、聞き慣れた電子音を発した。
よりによって、なんでこんな時に。
僕は溜息を吐いて落胆する。
今夜は朝まで、ナマエと一緒にいたかったのに。
こういう時につくづく思う。
全く厄介な仕事だ、と。
ちゃんとした休日なんて無いに等しい。
別に、僕はそれでも構わない。
分かっていて、選んだ道なのだから。
だけど。
「…すみません」
そう言って隣りを見れば、同じくその音に気づいたナマエが小さく苦笑して。
「こんな日くらい、のんびり空を眺めたらいいのにね」
ちょっと寂しそうに呟いた。
この人を残して、行かなければいけないなんて。
もちろん仕事だ、分かっている。
分かっては、いるけれども。
普段は、現場に出るのも苦にはならないのだけれど。
今夜はどうしても、行きたくなかった。
まだここで、彼女と夜空を眺めていたかった。
そんな思いが、立ち上がろうとする僕を邪魔する。
しばらくベンチに座ったままの態勢でいると、ナマエの右手がするりと僕の手の中から逃げて行った。
「私なら、大丈夫」
そう言って、ナマエは微笑む。
「だからいってらっしゃい、私のヒーロー」
そう、背中を押されて。
僕は立ち上がった。
「…ナマエ、これを」
ジャケットの内ポケットから出した、1枚のカード。
「僕の家のカードキーのスペアです」
ナマエはそれを、きょとんとした表情で受け取った。
「待っていて、くれませんか?早く片付けて、帰りますから」
そう、願えば。
ナマエは、ふわりと笑って頷いた。
「分かった、待ってる。…気をつけてね、バーニィ」
その甘くて優しい、大好きな声に。
僕は身を屈めて1度だけ口づけると、その場から駆け出した。
私のヒーロー、そう言ってくれた貴女のために。
僕は戦おう。
貴女が待っていてくれれば、そこが僕の帰る場所になる。
今夜、星空の下。
貴女のヒーローであるために。
僕は走った。
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