同じ時を歩んで行こう[2]
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秋山は、決して酒に弱くない。
酒豪とまではいかないが、きちんと胃に食事を収めて適切な飲み方をすれば、酒の席で醜態を晒すことはまずない。
酔っても気の抜けた笑顔と口数が多少増えるくらいで、 一緒に酒を飲む者からしてみれば無害な男だ。

だが、極々稀に一線を越えてしまうと、秋山はとんでもなく面倒な一面を見せてくれる。

「ふぇ……っ、うう……ナマエさぁん……っ」

ああ、最悪だ、と弁財は思った。



二人揃って非番の今日、弁財は秋山のたっての願いを聞き届け、秋山がナマエに贈るホワイトデー兼交際一周年記念のプレゼント選びに付き合った。
わざわざ午前中から出掛け、夕方まで、湖袋、清宿、鎮目町、東京と回り、ショッピングモールからデパートまであらゆる店舗を巡った。
正直、かつて交際していた女性の買い物に付き合った時よりも数倍疲れた。
休憩も取らず精力的に動き続ける秋山に、何度一服をさせてほしいと頼んだことか。
腕時計一つにここまで慎重になる人間を、弁財は初めて見た。
慣れないブランド店に足を踏み入れ、じっくりと商品を検分し、店員の話に耳を傾け、ああでもないこうでもないと唸る秋山は、それはもう真剣そのものだった。
最終的に秋山がいくつかの候補の中から一つに絞り、しっかりと包装された商品を受け取ったのは十九時を少し回った頃で、プレゼント選びに費やされた時間は計九時間。
弁財は、秋山の買い物には二度と付き合わないと心に固く誓った。

だが、確かに良い品が選べたのではないか、と思う。
弁財のアドバイスも多少は含まれているが、それを見つけ出したのも最終的に選定したのも秋山だ。
長方形フェイスで、装飾の少ないミニマルデザイン。
レザーのベルトと文字盤が黒、ベゼルと針とインデックスはゴールド。
四石のダイヤモンドがさりげなく配われ、スタイリッシュな雰囲気に女性らしさを滲ませている。
弁財から見ても、センスの良い品だった。
秋山ほどナマエの好みを理解しているわけではないが、何度か目にしたことのある私服のイメージにはしっくりと当てはまる。
恐らく、ナマエは気に入ってくれるだろう。
秋山もそれは実感しているのか、入念かつ丁寧に選び抜いた腕時計を収めたショップバッグを抱えて歩く横顔は幸せそうだった。

買い物を終え、二人は電車で椿門まで戻った。
最終的に腕時計を買ったのは清宿だったが、椿門の方が終電を気にせず飲み食い出来るだろう、ということで、秋山が椿門の駅前に美味い鍋屋があると言い出した。
以前ナマエに連れて行ってもらった店だという。
ならばそこにしよう、ということになり、二人は椿門で電車を降りた。
平日の夜、十九時半、駅前はそれなりに賑わっている。
弁財と秋山は人混みを擦り抜け、駅から徒歩二分だという件の店に向け足を進めた。

「……なあ、秋山。あれって、」

この時に、気付かなければ良かったのだ。
または、気付いても秋山には知らせず、そのまま通り過ぎてしまえば良かったのだ。
しかし弁財は判断を誤り、半歩前を歩く秋山に声を掛けてしまった。

「なに?」

振り向いた秋山に、見つけてしまったものを指し示す。
交差点の角、ガラス張りのため店内が外からも見えるようになったコーヒーショップのゆったりとしたソファ席に、ナマエの姿があった。
そしてその向かいに、見覚えのない男が一人。
弁財の人差し指を辿った秋山が、目を見開いた。
ほんの十数秒観察しただけで、ナマエと男が単なる相席でないことはすぐに分かった。
流石に外からでは会話の内容まで理解出来ないが、確実に二人で何かを話している。
互いに笑顔であることから、良い雰囲気であることは察せられた。

「……行こう、弁財」

恐らく一分弱、秋山はナマエと男を見つめて立ち尽くしていただろう。
やがて静かな声に促され、まるで自らに言い聞かせるようなその音に、弁財は何も言わず従った。

そして、到着した鍋の専門店で、秋山は碌に何も食べることなく延々と日本酒を呷り続け、弁財がいよいよ本気で止めに入ろうかと思った頃、唐突に泣き出したのだ。
飲み過ぎて一線を越えてしまうと、秋山は泣き上戸になる。
恐らく、弁財しか知らない秋山の悪癖だろう。

「ナマエさん……、ぅう……、ナマエさぁん……」

涕洟で顔をぐちゃぐちゃにして大泣きする秋山を横目に、弁財は盛大な溜息を吐き出してテーブルに肘をついた。
一升瓶を一人で半分も飲めば、まあこうなるだろう。
みっともなくしゃくり上げる秋山は、鼻と眦を真っ赤に染めて唸りながらも更に徳利を傾けようとするので、弁財はすかさずその手を押し留めた。

「やめろ馬鹿。遅番とはいえ、明日は出勤だろう」

徳利を取り上げれば、秋山が新たな涙を目の縁に溜める。

「だって、……だって……、ナマエさんがぁ……」
「だからだってはやめろと何度も、って……、ああもう、聞いちゃいないな」

ナマエさんが、と歔欷を続ける秋山を眺め、弁財は手荒く前髪を掻き混ぜた。
二時間前の判断ミスを心底悔やむ。

「分かった。分かったから、いい加減少し落ち着け、秋山」
「……だって弁財……、ナマエさんが、」
「だから、別にミョウジさんだって知り合いとコーヒーくらい飲むだろう」

確かに、ナマエと共にいたのは弁財の知らない男だった。
年齢は恐らく三十代前半。
セプター4の隊員ではない。
国防軍時代に遡っても、あの顔には見覚えがなかった。
しかし、国防軍はセプター4とは比べ物にならないほど厖大な組織だ。
弁財や秋山が知らないだけで、ナマエの元同僚なのかもしれない。
他にも、学生時代の知人だとか、地元の友人だとか、可能性はいくらでもあった。

「そうだけど……、ナマエさん、連絡くれなかった……」
「連絡?」
「いつも、誰かと会う時は、事前に教えてくれてたのに……」
「………男の束縛はみっともないぞ、秋山」

初めて知った事情に、弁財は蟀谷を押さえる。
それは百パーセント確実に、ナマエが自主的に取り決めたルールではなく、秋山が強請ったのだろう。
あの人もよくそれに付き合っているな、と弁財は感心した。

「誰、なんだろ……俺に隠して会いたい人なのかな……」
「仮にそうだとしたら、ミョウジさんが迂闊にこんな場所を選ぶわけがないだろう」
「……それは、そうかもしれないけど、」

こんな想像は失礼だろうが、弁財が思うにナマエはその気になれば完璧に浮気が出来る人間だ。
秋山にも、誰にも気付かせることなく、浮気相手にすら浮気と悟らせることなく、事を進めることが出来る。
秘匿と誤魔化しが、誰よりも上手い人なのだ。
もし本当に浮気ならば、それを秋山に気付かれるようなへまをするはずがなかった。

「でも、俺に教えてくれなかった……」
「それは義務じゃないだろうが。たまたま忘れてたとか、連絡するタイミングがなかったとか、そういうことかもしれないだろう」

間違いなく、正論を述べているのは弁財だ。
だが、泥酔した相手にそれが通用するはずもない。
結局、秋山は店を出るまで管を巻き続け、弁財はプレゼント選びに付き合う報酬として奢ってもらう予定だった食事を、自らの分どころか秋山の分まで支払う羽目に陥った。








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