理由は君でした[1]
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R-18








別に、顔で選んだわけではない。

確かに整った顔立ちではあると思うが、秋山が世界で一番だ、なんて言うほどナマエは盲目ではなかった。
実際、身近な例として宗像礼司という比べ物にならないほどの美貌を誇る男を知っている。
さらに言うならば、これといって好きなタイプの顔だというわけでもなかった。
そもそも、ナマエには男の顔に対する興味などあまりない。
美醜どちらが良いかと問われれば確かに端整な顔立ちの方が好ましいが、それを基準に人を判断することはないし、またそれが判断基準として不適切であることも知っている。

でも、ナマエは今、確かに秋山の顔が好きだ。

切れ長の、黒緑に更に褐色を足したような瞳。
さほど量は多くないが、男にしては長い睫毛。
真っ直ぐに通った鼻筋と、薄めの唇。
童顔に見える要因となる、決して太っているわけではないのに少し柔らかな曲線を描く頬の輪郭。

別にそのパーツひとつひとつが特別好きなわけではない。
だが、それらが構成する秋山氷杜という男の顔が、ナマエは好きだった。


職務中、秋山は例えば道明寺や日高のように表情を大きく変えることはない。
六割は真面目な顔、二割は苦笑、一割は同僚を窘める時の少し厳しい表情で、一割は戦闘中の凛々しい顔つき。
基本的にはそんなところだ。
だがここには、ただしナマエが関わる場合その限りではない、という注釈がつく。
ナマエにとっての秋山は、それはもう馬鹿みたいに表情豊かな分かりやすい男だった。

朝、顔を合わせればまるで幸福が自ら歩いて来てくれた、とばかりに嬉しそうな笑みを浮かべる。
仕事中に用事が出来ればソワソワと視線を彷徨わせて近寄って来るし、反対に話すきっかけがないまま半日も経つと寂しそうに俯く。
そこでナマエから声を掛ければ飼い主に呼ばれた犬のごとく目を輝かせ、仕事を任せれば国の一大事に立ち向かう騎士のように真剣な表情で応える。
ナマエが他の男と必要以上に長く話せば情けなく眉を下げ、さらにそれが何度か続くと明らかな瞋恚を瞳の奥に揺らめかせる。
夜、二人きりになると表情のバリエーションはさらに増し、揶揄すれば顔を真っ赤にして照れ、少し突き放すと不安げに瞳を揺らして涙を浮かべ、頭を撫でれば幸せそうに微笑む。

ナマエが関わると自制が効かず、感情がそのまま顔に出る秋山だが、その中でも一際雄弁なのは瞳だった。
目は口ほどに物を言う、とはまさにその通りで、秋山の場合は口がさほど上手くない分目の方がより多く心情を語ってくれる。
嬉しいと細まり、驚くと見開かれ、照れると彷徨い、寂しいと伏せられ、不安だと揺れる瞳。

その瞳が最も熱を帯びる瞬間を、ナマエは気に入っている。
セックスの最中だ。

平時、基本的に穏やかな色を湛えて静かに瞬く瞳が、欲情すると熱を灯す。
情愛、淫欲、渇求。
激しい熱情を瞳に揺らめかせる。

眉を寄せ、熱い吐息を零し、頬を歪めて激しく求めてくる秋山の顔が、ナマエは好きだった。



秋山の唇が、首筋を撫でる。
ちゅ、と愛らしい音を立てながら、少しずつ位置を変えて肌の上を啄んでいく。
時折首を持ち上げてナマエの表情を確かめるように覗き込んでくる秋山は、まだ優しげな顔をしていた。
理性と余裕を僅かに残しているこの表情も、きっと好きだ。
表情は嬉しそうに、穏やかに微笑んでいるくせに、片目だけは貪欲な色を燻らせている、そのギャップはもっと好きだ。
優しく丁寧に触れたい愛情と、滅茶苦茶に乱してしまいたい衝動。
相反する感情に苛まれ、でもそれを押し殺して平静を装う秋山を見上げていると、愛され求められていることを実感する。
口付ける度幸せそうに笑う秋山に、きちんと愛情を伝えることが出来ているのだと安堵する。

火照った肌を、それよりも更に熱い温度で這う舌。
初めて身体を重ねた日から今日の今日まで、一向にぶれることなく秋山の前戯は長い。
もちろん一般的な恋人同士の平均など知らないが、ナマエ自身の経験と照らし合わせると、秋山のそれは最長だ。
途中でもどかしくなるくらいにはしつこい、というかねちっこい。
秋山は、淡白で大人しそうな顔をしているくせに、意外と変態染みたところがあった。
生真面目な人間ほど実は特殊な嗜好を持っている、というありふれた説は、実は結構的を射ているのかもしれない。
現に秋山は、唇と耳と首筋へのキスだけで軽く二十分以上の時間を費やしていた。
正直、焦れたナマエが先に直接的な刺激を与えて秋山に催促することもある。
そういう時、秋山は決まって大層狼狽えながらもナマエの愛撫を受け入れてくれた。
そうして我慢の効かないところまで追い詰めると、秋山は前戯とは打って変わりがむしゃらに愛してくれる。
優しい触れ合いも、激しい求め合いも。
ナマエは、どちらも嫌いではなかった。


唇の位置が少しずつ下がり、鎖骨の線をなぞるように舌が這う。
その更に下を啄んだ唇が不意に意図を持って強く吸い付いてきたので、ナマエは小さく窘めた。

「駄目」

その一言で、ナマエに覆い被さっていた秋山の肩が大袈裟なほど跳ねる。
瞬時に唇が皮膚を離れ、顔を上げた秋山が恐る恐るといった様子でナマエを窺った。

「す、みません……勝手に……」

ナマエが、キスマークを付けられることを嫌がったと勘違いしたのだろう。
情けなく眉尻を下げ、怯えたように瞳を揺らす。

「ばか、違うから。明日、第一土曜」
「……え?……あ、」

月の第一土曜日は、ナマエも道場で行われる合同稽古に参加するのだ。
制服と道着では、衿元の隠れる位置が異なる。
秋山がキスマークを残そうとした場所は、乱闘で動いているうちに道着が着崩れた場合、見える可能性があった。

「そうでした、すみません」

申し訳なさそうに苦笑した秋山の頭に手を伸ばし、後ろ髪を柔らかく掴む。
そのまま、セーフな位置に誘導するよう引き寄せた。

「そこなら、いいから」

胸元に鼻先を埋めた秋山が、あからさまにほっと安堵の息を吐くのが分かる。

そんなに心配しなくても、怒ったりはしないのに。
もっと、好きなようにすればいいのに。

それが言うだけ無駄なことは知っているから、ナマエは黙って秋山の髪を撫でた。
今度こそ、皮膚を長く吸われる。
きっと赤い印が残っただろう。
ナマエは、それが嫌いではなかった。





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