たとえば、その刹那[3]
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『対象は三階本棟で大暴れ中。……あーあ、ナースステーションが丸ごと吹き飛んだねえ』

間延びした声でナマエが実況する。
しかしその目が各監視カメラ、全体モニター、蓋然性偏差測定器、各ストレインのエネルギー放出時間、果ては屯所の映像まで隈なく網羅していることを全員が知っていた。

「この被害、まさかうちが負担すんのかな」

秋山の隣で道明寺がげんなりとした声を発する。

『そうなった場合は室長に頑張ってもらうしかないねえ』

道明寺の呟きを律儀に拾い、ナマエが苦笑染みた声で応答した。
伏見の舌打ちがインカム越しに響く。

『対象がこのまま上に上がれば、五分後にポイントBに到達します。でも多分西病棟に移動していくはずなので、最初に当た、ーーっ』

不意に、インカムから流れ込んでくるナマエの声が途切れた。
秋山たちがそれを不審に思う前に、理由は明らかとなる。

爆発音。

腹の底を揺さぶるような爆音が階下から聞こえたものではないことを、全員が悟った。

「何だっ?!」

道明寺が反射的に身構える。
秋山は、視界の端に赤い炎を捉えた気がして咄嗟に振り向いた。

「ーーっ、ミョウジさんっ?!」

窓の外、先程まで指揮情報車があった箇所が燃えている。
黒い煙の立ち昇る中、車両が炎上していた。
火だるまになった車両を見つめて立ち竦んだ秋山に代わり、同じく状況に気付いた道明寺が慌ててインカムに叫ぶ。

「伏見さん!指揮車が爆発した!」

インカムの向こうから、それぞれの息を呑む音や悲鳴染みた声が秋山の鼓膜を素通りしていった。

ナマエがいる。
あの車の中には、ナマエがいるのだ。
つい今し方まで飄々と、笑って全員をサポートしてくれていたナマエが、あの中に。

秋山は喉の奥で手負いの獣染みた呻き声を上げ、目の前の窓ガラスをサーベルで叩き割った。
ここが地上四階であることなど、頭の片隅にもなかった。
しかし、秋山が窓の外に飛び出そうと一歩踏み出したところで、耳元に伏見の声が突き刺さる。

『動くなァっ!!!』

文字通りの絶叫が、秋山の動きを制した。

『全員その場から動くんじゃねーぞ!いいな秋山ァ!』

まるで、秋山の行動を全て見透かしているかのように、伏見が念押しする。
秋山は咄嗟に怒鳴り返した。

「伏見さんっ!!」
『駄目だ!!』

なぜ、どうして止めるのだ。
早く、早く助けないと。

「行かせて下さい伏見さんっ!!」
『ざけんな秋山ァ!命令だ!』
「ふざけているのはどっちですか!」
『てめぇだ秋山!!よく考えろっ!!』

考えている場合ではない。
そんなことをしている間に、手遅れになってしまう。

埒が明かないと再び窓の外に飛び降りようとした秋山は、しかし背後から羽交い締めにされて動きを止められた。
振り返らなくても分かる、道明寺だ。

「離せっ!!」
「離すか馬鹿!!」

耳元で怒鳴り付けられ、秋山はもがく。

なぜ誰も助けようとしない。
あの規模の爆発に巻き込まれ、無事なはずがないのに。

「伏見さんっ!!」

秋山の絶叫に、しかし答えは返って来なかった。

窓の向こう、車両は燃え続ける。
中からナマエや情報課の隊員が逃げ出してくる様子はなかった。

『……あいつが察知していなかったんなら、別働隊の可能性が高い。無闇に動けばこっちが狙われる。さらに、この場を手薄にすれば対象に対抗しきれない。分かるな、秋山』

しばらくして、淡々とした伏見の声が秋山に理解を求める。
到底納得出来るものではなかった。

「見殺しにする気ですかっ!目の前で!仲間を!」
『そうだ』

まるで秋山の心臓を凍り付いた手で掴むような声で、伏見が肯定する。

『任務に犠牲は付き物だ。綺麗事並べてんじゃねーぞ』
「ーーっ、この、くそったれ……っ!」

血を吐くような声で呻き、秋山は道明寺の脛を踵で蹴り飛ばした。
間違いなく当たったはずだが、道明寺の秋山を押さえ込む膂力は緩まない。

行かなくてはならない。
たとえ身を危険に晒そうとも、炎の中を突き進むことになろうとも。
絶対に助けなければならない人が、あの中にいるのに。

秋山ががむしゃらにもがいた、その時だ。


『秋山ぁ』


インカムに割り込んだ、一つの声。
くぐもった、いつもとは全く異なる声音だったが、秋山がそれを聞き間違えるはずはなかった。

「ーーっ、ミョウジさん……!」

無事だった。
生きていた。

秋山は脱力し、涙が出そうなほどに安堵した。
しかし次の瞬間、弛緩した筋肉が硬直する。

『現場で指揮官に逆らってんじゃないよ、このくそったれ』

明らかな瞋恚を孕んだ譴責に、秋山は息を呑んだ。
言葉を失くした秋山の代わりに、再び伏見が回線に言葉を流し込む。

『ミョウジ、総指揮権を俺に委譲しろ。状況報告は必要ない』
『はい』

ごほっ、と液体混じりの酷い咳の音がした。
それがナマエの発したものであると、全員が分かっていた。

『インカムは受信だけに絞れ』
『分かって、ます』

秋山が呆然としてる間に、伏見とナマエが当然のように意思を確認し合う。

『こっちが片付くまで、持ち堪えろよ』
『……了解です、伏見さん』

その声を最後に、ナマエからの通信は途切れた。





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