貴女がくれる甘美な熱[2]
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「……ナマエさん、」

唇から漏れた声が、情欲に濡れている。
ん、と顔を上げたナマエを強引に引き寄せたい衝動を抑え、努めてゆっくりと白皙の頬に手を添えた。
真っ直ぐに見つめたナマエの双眸に拒絶の色がないことを確かめ、顔を寄せる。
唇を触れ合わせ、啄むように吸い付いた。
微かなリップノイズを繰り返しながら、何度も唇を重ねる。
触れ合う温もりに涙が出そうだった。

キスという単純な行為一つとっても、ナマエは特別だった。
触れているのは身体のほんの一部分だけなのに、まるで全てを受け入れられたような気分になれる。
薄い皮膚の下にある柔らかな甘みは、中毒性さえ併せ持っていた。

唇の端から漏れる吐息が熱を帯びる。
口付けるだけで、信じられないほどに興奮した。
下腹部から欲望が迫り上がる。
ナマエの身体を押し倒し、身体に纏ったものを全て取り払い、蹂躙してしまいたい。
ぐちゃぐちゃになるまで溶かして、身体の奥まで暴きたい。
凶暴な獣が、秋山の身を食い破らんと咆哮を上げた。

「……ん、……っ、ぅ………」

舌を差し込んで口内を掻き回せば、ナマエの甘美な声が漏れ聞こえる。
舌を蠢かせたまま瞼を持ち上げれば、僅かに苦しそうなナマエの目元が視界に入った。
寄せられた眉、強く閉じられた瞼。
息苦しいのだろう。
だが、ナマエは秋山を押し退けようとはしなかった。
その気になれば容易に距離を取ることが出来るはずのナマエが秋山に身を委ねていてくれるという、圧倒的な幸福感と醜い優越感。
秋山はさらに口付けを深くし、ナマエの舌を絡め取って吸い上げた。
それはもう単なるキスではなく、前戯に等しかった。

体感で優に一分以上重ねていた唇を離せば、ナマエが乱れた呼吸を整えるように短い呼気を何度も零す。

「……秋山ぁ、なんか、上手くなったね」

やがて落ち着いた頃にそう言われ、秋山はナマエの髪の生え際を撫でるようになぞりながら苦笑した。
それは褒められているのか、それとも以前は下手だったと指摘されているのか。
返す言葉を見つけられず、秋山はもう一度啄むようにナマエの唇を奪った。

「秋山ってキス好きだよねえ」

伏し目がちに笑うナマエに、身体の奥で熱が疼く。

「お嫌いですか?」
「んーん」

唇を閉じたまま否定され、秋山はゆっくりと笑みを浮かべた。
半身を捻ったナマエの、投げ出された脚に視線を落とす。
無防備に晒された肌は誘惑でしかなかった。
ナマエの頬骨をなぞり、掠めるような口付けを何度も繰り返す。
このままナマエの身体をベッドに乗せ、押し倒してしまいたいのに。
今夜、ナマエはまだ一度も秋山の下の名を呼んでくれていなかった。
それはつまり、まだこの先の許可を得ていないということだ。
いつもならばこの辺りでお許しが出るのに、ナマエは秋山、と呼び続ける。
秋山が焦らされているのか、それともナマエにその気がないのか。
秋山はもどかしい想いを抱え、希うようにナマエの唇を指先でなぞった。

「……ナマエさん……」

絞り出した声が掠れる。
早く、早くこの唇で呼んでほしい。
ひもり、と。
ナマエだけの特別な音を、奏でてほしいのに。

「なに、秋山」

返されるのは聞き慣れた呼称で、秋山は唇を噛み締めた。
持て余した熱が、身体中を暴れ回る。

「ナマエさん……」

抱きたい、抱かせてほしい。
一週間分を埋めるように、目一杯愛させてほしい。

「……ナマエ、さん、」

ナマエはとっくに、秋山が何を切望しているのか気付いているはずだ。
一言名前を呼ぶだけで秋山の願いが叶うことも、知っているはずだ。
それなのに、呼んでくれない。
今夜は疲れているからしたくないのか、それとも。

秋山は、以前にナマエと交わした約束を思い返す。
氷杜、と呼んだらそれが了承の合図だと決めた時、ナマエはこうも言ったのだ。
秋山からも誘われたいから、いいと思った時でも毎回は誘わない、と。

これが、その時なのだろうか。
ナマエは待っているのだろうか。
秋山が誘うことを、秋山が乞うことを。

「……ナマエさん、」

怖くないと言えば、嘘になる。
今日は無理、の一言で片付けられてしまえば、恐らく立ち直れないだろう。
だが、欲望はすでに吐き出さずにはいられないほどに昂ってしまっている。
このまま何もせずに眠ることなど、到底出来ない相談だった。

滅茶苦茶に抱いて、その一番奥を貫きたい。

「……ナマエさん、……駄目、ですか……?」

ナマエを抱き締めてその首筋に顔を埋め、殆ど吐息みたいな声で秋山は乞うた。
ナマエの表情を確かめるのが怖く、顔が上げられない。
恐らく数秒の沈黙が、何分にも感じられた。
秋山が、ナマエの背を抱く腕の力を強めたその時。

「……いいよ、氷杜」

待ち望んだ音が、ナマエの唇から零れた。
ひゅっと音を鳴らして鋭く息を呑む。
秋山の腕の中で、ナマエが小さく笑った。

ナマエを抱き締めたまま立ち上がり、ナマエを上に乗せる形で背面からベッドに倒れ込む。
腕に力を入れて顔を上げたナマエが、秋山の唇を塞いだ。
降ってきた口付けを受け止めながら、秋山の手は性急にシャツの裾から潜り込んでナマエの腰を撫でる。
背骨をなぞり上げるように指先を動かし、肩甲骨の上に汗ばんだ掌を当てた。
唇を一度離したナマエが、気怠げに髪を掻き上げてからもう一度キスを落とす。
その仕草があまりに艶めいていて、秋山は喉を鳴らした。
背中、脇腹、腰、あらゆる場所を弄るだけで、秋山は肌が粟立つような興奮を覚える。
キスだけですっかり昂った欲望を、腰を僅かに上げることでナマエの太腿に押し付けた。
その感触を察したのか、唇を重ねたままナマエが笑う。
脚を絡められ、より強く熱芯が刺激を拾った。

「……はっ……、ぁ……」

脳髄が早くも酩酊する。
秋山を惑乱してやまないナマエが、狙い澄ましたかのように秋山の唇を甘噛みした。
昂りが脈打つのを自覚し、秋山は強引にナマエの身体ごと起き上がる。
ナマエを残して素早くベッドから降り、窮屈な締め付けに痛みを訴える熱芯を解放しようとバックルに指を掛けたところで、秋山の動きを制するようにナマエの指が伸びてきた。

「ナマエさん……?」

秋山の指を絡め取って金具から遠ざけたナマエの指が、秋山の代わりにベルトの尾錠を抜く。
華奢な指先はそのままボタンを外し、焦らすようにゆっくりとファスナーを下ろした。
ナマエの手がロングパンツの穿き口を太腿までずらすと、そのまま重力に従って足元まで落ちる。
ベッドにしどけなく座ったナマエの目の前に下着を晒す形となり、秋山は羞恥と興奮で息を荒げた。
そんな秋山に追い討ちを掛けるかのごとく、ナマエがすっと下着に顔を寄せる。

「ナマエさんっ、それは、ーーっ」

それ以上は、声にならなかった。
ナマエの唇が、下着の上から秋山の欲望に口付ける。
ちゅ、と響いた愛らしい音とは裏腹に、あまりにも淫靡な光景を見下ろし、秋山は目眩にも似た感覚で脳髄を揺らされた。
下着を押し上げてまざまざと形を主張するように昂った熱芯が、生地越しの刺激に打ち震える。
赤い舌先が、根元からじっくりと秋山の欲望を這った。
目を伏せたナマエが、見せつけるように舌を伸ばす。
見えていないはずなのに、ナマエの舌は的確に裏筋をなぞった。

「……ぅ……、あ………っ、ナマエさ……ん、」

眼下に広がるのは、倒錯が過ぎる光景だ。
ナマエが秋山の欲望を慰めてくれるのはこれが初めてではないが、秋山から頼んだことはただの一度もない。
秋山にとって、それは本来あってはいけないことだった。
ナマエに男の穢れた欲望を舐めてもらうなど、身の程知らずの極致だろう。
だが、ナマエが自主的にこの行為を施してくれる時、拒絶してはいけないことも分かっていた。
最初に、ナマエは言ってくれたのだ。
自分も秋山を愛したいから、と。
だから秋山は、ナマエがしてくれることは全て受け入れることに決めていた。

それも、所詮は建前か。

秋山は、まるでナマエに対する思いやりのような姿勢を内心で否定した。
そんなものは、罪悪感を薄めるためのただの言い訳だ。
本当は嬉しくて、嬉しくて堪らない。
申し訳ない、恐れ多い、そう思っていることは事実だが、秋山はナマエに愛撫されるのが好きだった。
言葉の通り、愛されていることを実感出来るのだ。
基本的に受け身であることの多いナマエが、自ら秋山の熱芯を可愛がるように撫でてくれる。
当然不味くて苦しいだろうに、それらを全て承知の上で奉仕してくれる。
それがそのまま、ナマエの秋山に対する愛情のように思えた。

「……ナマエさ……っ、も、……あの、出来れば、……直接、……してください……っ」

下着越しのもどかしい刺激に耐え切れず、秋山は声を震わせて懇願する。
秋山の下肢に埋めていた顔をゆっくりと上げたナマエが、赤い舌で蠱惑的に唇を舐めた。





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