貴女がくれる甘美な熱[1]
bookmark


R-18










ああ、頭がおかしくなりそうだ、と思った。


秋山氷杜という人間は元々、性に対して非常に淡白だった。
興味という点でも、実際の本能的欲求という点でも、人並み以下だった。
ナマエに出会うことがなければ、秋山の性衝動は本人さえも自覚出来ない身体の奥底に眠ったままになっていたのかもしれない。
理性を凌駕する欲望も、感情さえ置き去りにする情欲も、克己出来ない渇求も、知らずに済んだのだろう。
しかし、出会ってしまった。
触れることを、許されてしまった。
ミョウジナマエという人間は、秋山の身体の作りを根本から変えた。

理性的、温厚、禁欲的。
周囲にそう評価され、秋山自身も間違ってはいないだろうと自認してきた為人は、ナマエによって大きく覆された。
ナマエに憧憬の念を抱き、それが恋慕の情となり、その姿に焦がれ続けて四年近く。
まるで細胞の一つひとつがナマエの手によって作り出されたのかと思うほど、秋山の身体はナマエに耽溺した。

秋山はナマエに出会うまで、女性との性行為とは交際の上で発生する一つの手順であり、またいずれ子孫を残すという人間が持つ生殖本能の成す行為でしかないと思っていた。
タイミングを頭で考え、必要に応じて行為に及び、相手を傷付けることなく済ませる。
そこには常に理性があり、客観的に自身を把握した上で生理的欲求を満たす。
そういうものだと思っていたのだ。

それがまさか、こんなことになるなんて。

秋山は、目の前に晒された真っ白な肌に視線を奪われ、知らずのうちに津液を飲み込んだ。


一週間ほど、忙しい日が続いていた。
連日発生する異能者事件の対応と処理に追われ、特務隊はほぼ不休状態だった。
朝から晩まで現場を駆けずり回り、夜が更けるまで書類と格闘し、明け方に少し仮眠を取ったかと思えばまたサイレンに叩き起こされる。
そんなことを毎日繰り返し、ようやく今日、久しぶりに事件のなかった一日が後一時間で終わるところだった。
ストレインが一日大人しくしていてくれたおかげで、何とか片付いたデスクワーク。
秋山は、一週間ぶりにナマエの部屋を訪ねた。

夕食を簡単に済ませ、ナマエがシャワーを浴びる間に秋山は食器を洗う。
片付けを終え部屋に戻ってしばらくすると、ナマエもラバトリーから出て来た。
その気配に気付いた秋山が、主なニュースをチェックしていたタンマツから顔を上げる。
そこには、オーバーサイズのシャツ一枚だけを纏ったナマエが立っていた。
ボトムスを穿いていないのは、着替えを用意し忘れたからか、それとも調整された室温が風呂上がりには暑かったからか。
黒いシャツの裾は、太腿の途中までしか覆い隠していなかった。

ナマエは普段、さほど肌を露出させない。
制服はスカートではなくスラックスであるし、首回りは女性用のブラウスのため多少開いてはいるものの、露骨にデコルテを晒したりはしない。
私服も、特に最近は冬服のため、長袖にロングパンツが基本だ。
夏でさえ、もちろん多少開放的にはなるが、異性を挑発するような格好はあまりしない。
そのナマエが何の惜しげもなく晒す生脚に、秋山の目は釘付けとなった。
確かに、室内においては稀に見る格好である。
ナマエは就寝時に薄着を好むため、ナイトウェアはわりとラフだ。
しかし秋山がそれを見慣れることはなく、今夜に関していえばいつも以上に淫欲を唆られた。
ナマエが纏う風呂上がり独特の雰囲気のせいか、一週間ぶりという間隔のせいか、それとも疲労が蓄積されているからか。
秋山の露骨な視線など気にした素振りもなく、ナマエはベッドを背凭れに秋山の隣へと腰を下ろした。

秋山は元々、別に女性の脚が好きというわけではなかった。
そもそも秋山には、これといってフェティシズムというものがない。
首筋、胸、腰、尻、腕、脚。
身体のどこを見ても、特に興奮を煽られるだとか性欲を意識するだとか、そんなことはなかったのだ。
その認識を覆したのもまた、言わずもがなナマエである。
対象がナマエになった途端、秋山は身体の全てに欲情した。
どこ、という問題ではない。
それがナマエであるというだけで、頭の天辺から足の爪先まで余すところなく、その身体は秋山を惹きつけた。
全身に隈なく、何度でもキスを落としたくなる。
しかし思い返してみると、秋山はナマエの脚に視線を奪われることが多かった。
程よく鍛えられた、だが少し柔らかい太腿。
無駄のない綺麗な膝。
なだらかな曲線を描く脹脛と、引き締まった足首。
血管の浮いた足の甲と、形の整った爪先。
欲望に忠実な言い方をするならば、上から下までしゃぶり尽くしたくなる脚だった。

その脚を平然と晒したナマエが、秋山の隣でタンマツを弄る。
秋山は、僅かに膝を曲げた状態で投げ出された脚から視線を逸らすことが出来なかった。
黒いシャツと、白い太腿とのコントラストが目に眩しい。
辛うじて下着が見えないラインまでを隠したシャツの裾から伸びた脚が、蛍光灯の下で艶かしく揺れた。
今すぐその太腿に唇を押し付けたい。
吸い上げて赤い印を残し、そのまま爪先まで舌を這わせたい。
腹の底で、欲望が蠢いた。

ナマエに触れることを許されてから、秋山は貪欲になった。
毎日抱かせてほしい、などというとんでもない欲求を暴露するくらい夢中になった。
触れて、触れられて、抱き締めて、その身体に受け止められる。
秋山にとっての性行為は、交際に付随する単なるオプションの一つでも生殖行為でもなくなり、身を焼き焦がす情愛を最も的確かつ純粋にナマエへとぶつける感情的な欲求の表れとなった。
触れ合う肌の一つひとつが、秋山に幸福をくれる。
受け入れてもらえること、赦されること、愛してもらえていること。
それらを最も実感出来る瞬間は、秋山にとってかけがえのないものだった。
指先に、唇に愛を込め、ナマエの肢体に触れていく。
あまりに尊く愛おしい人に、自らの印を残す。
言葉だけではとても伝えきれないほどの愛情を、少しでも分かってもらえるようにと最奥に注ぐ。
気持ちいい、と啼いてくれるナマエを目にするだけで達してしまいそうなほど、秋山はナマエを抱くという行為に溺れた。

幸せで、幸せで堪らないのだ。

誰も知らないナマエの姿が、秋山にだけ晒されるという事実。
その身体に受け入れられるのは秋山だけだという、独占欲を甘く満たす酩酊感。
その瞬間、ナマエの瞳に映るものが秋山ただ一人であることの充足感。
何度身体を重ねても、秋山の渇求は尽きなかった。
いつも、いつだって、愛させてほしい。
隙間もないほど抱き締め、キスをして、その身体に触れていたい。
他の誰にも見られない場所で、自分だけに向けられる瞳を独占し、溢れ返る愛情を一滴も零すことなく注ぎ込みたい。


秋山は、鮮明に浮かんだ淫らな映像をそのまま実行に移したい衝動を堪え、ゆっくりと深く息を吐き出した。




prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -