相互性幸福論[3]
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「よーお!邪魔するぜ」

ばたん、と何の前触れもなく、ついでに遠慮もなく外側から開けられたドア。
炬燵で弁財と向かい合って酒を飲んでいた秋山は、苦笑と共に振り返った。
声の主、道明寺が牛乳パックを抱えて立っている。
その背後から、申し訳なさそうに眉を下げた加茂が顔を覗かせた。
このタイミングで、二人揃っての訪問。
秋山も弁財も、わざわざ理由を訊ねるほど馬鹿ではなかった。

酒と牛乳、そして部屋にあったつまみを適当に並べた炬燵を四人で囲む。
何に、ということもなく乾杯し、各々好きなものをぐっと呷った。

「よし秋山!洗いざらい吐け!」

そのグラスを置くか置かないかというところで、気の急いているらしい道明寺が前のめりになって秋山に迫る。
反射的に少し身体を引いた秋山は、やっぱり、と苦笑した。
ナマエの誕生日の翌日、元小隊長の四人が揃って早番。
こうなることは目に見えていた。

「大体、なんで弁財は知ってて俺と加茂は知らないんだよっ。おかしいだろ」
「はは、すまない」

子どもっぽく唇を尖らせた道明寺が、秋山の謝罪に付け込むように「で?」と首を傾げる。

「いつから付き合ってんの?最近?告白したのはどっち?ってこれは聞かなくても分かるな、秋山だろ。で、何て言ったんだ?ミョウジさんってプライベートだとどんな感じ?甘えたりすんの?てかもうエッチした?」

立て板に水を流すように一息で問われ、秋山は思わず片手で顔を覆った。
馬鹿、と加茂が道明寺を窘める。
弁財は楽しげに喉を鳴らした。

「いいじゃないか秋山、答えてやれよ」
「おい弁財、」
「何だ?いつも自慢したかったんだろ?こいつらに言いたくて仕方なかったんだろ?いい機会じゃないか」

そうだけどそうではない、と秋山は心の中で弁財を批難した。
確かに、言ってしまいたいと思ったことは何度もある。
ナマエが他の誰かと笑い合う度に、同僚たちがナマエにはどんな男が相応しいだろうかと話のねたにする度に、その人の恋人は俺だ、と声高に主張したかった。
しかしそれはあくまで事実を知らしめたいという嫉妬心や独占欲であり、ナマエとの事情を赤裸々に語りたかったわけではない。
断じて、そういうことではないのだ。


「……付き合い始めたのは、十ヶ月前かな」
「じゅっかげつ?!」

とりあえず、当たり障りのない最初の質問に答えたところで、道明寺が鸚鵡返しに叫んだ。
煩い、と弁財が道明寺を睨むが、そんなことなどお構いなしに道明寺は指折り数えた。

「え、じゃあ去年の春あたりからってこと?うっそ、全然気付かなかった!」
「確かに、全く分からなかったな」

加茂も同調するので、秋山はそうだろうなと苦笑い。

「で?で?告白は?秋山からだろ?」
「ああ、まあ、それはそうだよ」
「何て言ったんだ?」
「……別に、特別なことは何も」

まさか再現出来るはずもなく、秋山はそう誤魔化した。
あんなみっともない稚拙な告白を、この同僚に知られたくはなかった。

「ミョウジさんってどんな感じ?なんかあの人さ、仕事だと全然秋山に興味なさそうっていうか、超普通じゃん?二人っきりになったら甘えたりすんの?」

ぐさりと痛い一撃を秋山の胸に突き刺した自覚もなく、道明寺は大きな瞳を輝かせる。
純粋な好奇心だけが浮かんでいた。

「……まあ、仕事中よりは、雰囲気は柔らかくなる、と思う」

多分、甘えてもくれているのだろう。
しかし具体的にはと問われると、答えることは難しかった。
ナマエの甘えは、一般的な女性の甘えとは異なるように思える。

「会いたいーとか、言ってくれたりすんの?」
「……いや、それはないな」

会いたい、寂しい、デートがしたい、欲しいものがある。
そういう分かりやすい甘え方を、ナマエはしなかった。

「だがあの時は、声が聞きたいと言って電話を掛けてきてくれたんだろう?」
「あの時?」

秋山に確かめるように話を振った弁財の言葉に、すぐさま道明寺が食い付く。
弁財の言わんとしていることを即座に察した秋山は慌てて止めようとしたが、制止も虚しく弁財がさらりと暴露した。

「覚えてないか?三ヶ月くらい前に、このメンバーと日高で飲んだことがあっただろう。その時に秋山が電話で席を外してそのままいなくなったアレだ」
「ああ!アレね!弁財が秋山の靴持って帰ったやつだろ?」

恥ずかしい過去を掘り返され、秋山は両手に顔を埋める。
ナマエからの電話で「声が聞きたかった」と言われ、天にも昇る心地で浮かれた秋山は、店のサンダルを履いたまま屯所まで全力疾走したのだ。
翌日、弁財が持って帰って来てくれた靴を見て、秋山は穴があったら入りたい気分に陥った。

「そっかそっか、あの電話はミョウジさんだったのか。秋山、だから馬鹿やらかしたんだなっ」

頼むからこれ以上掘り下げないでくれ、という秋山の切実な願いを察することなく、道明寺が追い討ちをかける。

「そういえば、あのサンダルどうしたわけ?」
「………次の日に、返しに行って謝ったよ」

ぶっと吹き出した道明寺が、「ウケる」と炬燵の天板を叩いた。
弁財も加茂も苦笑気味で、道明寺を止めようとはしない。
秋山は炬燵の中に潜り込みたい衝動を何とか堪え、小さく呻いた。

つくづく、ナマエのことになると秋山は常の冷静さをどこかに吹き飛ばしてしまう。
視野が狭まり、他のことなど一切目に入らなくなってしまう。
そうして度々失態を重ねるのだ。
自分で自分に呆れる。
きっとナマエにもそういうところは呆れられているのだろう、と思った。

「そんでそんで?エッチはしたのか?」

もうやめてくれ。
道明寺の無邪気が過ぎる笑顔に、秋山は天板に突っ伏した。




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