相互性幸福論[2]
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アンタ、秋山サンがこれ以上どうにもならないことにならないように、わざと周りに隠してんですよね?

あの時、伏見の確信めいた問いはまさに図星だった。
ナマエは確かに私情を仕事に持ち込まない主義だが、だからと言って秋山との関係を誰にも知られたくなかったわけではない。
周囲が知ってようがいまいが、勤務中のナマエの態度は変わらない。
それは、ここ二日間ですでに立証済みだ。
セプター4は職場恋愛を禁じているわけでもないので、ナマエ個人としては秋山との交際を公表するか否かなど、どちらでも良いことだった。
その上で敢えて徹底的に秘匿していたのは、一つの危惧があったからだ。

ナマエに対外的要素は関係ないが、秋山にとってはそうではない。
交際をしている段階で、すでに秋山は仕事に私情を持ち込んでいた。
もっと言えば、国防軍時代から、秋山は職務中でもナマエを特別視していた。
ナマエが褒めれば分かりやすいほどに浮かれ、逆に叱れば必要以上に落ち込んだ。
その秋山が、交際を周囲に知られたらどうなるのか。
実になっているかどうかはさて置き、秋山が維持している秘匿のための努力が消え失せた時点で、公も私もなくなるのは目に見えていた。
秋山は、良くも悪くも馬鹿正直だ。
周囲に気取られてはいけないと必死で押し隠そうとする理性が必要なくなれば、恐らく使い物にならなくなるだろう。
そんな状態で現場に出て、冷静な判断を欠かせるわけにはいかなかった。

だからこそナマエは関係を隠し通してきたわけだが、それはそれで別の問題が発生した。
伏見にも指摘された通りである。
秋山はナマエの徹底した態度に傷付き、周囲に嫉妬し、杞憂を抱えて思考を拗らせるようになった。
ナマエとしては、かなり早い段階で気付いていた弊害だった。
秋山も、理性では理解していたのだろう。
公私の区別をつけるナマエの姿勢は常識的に考えれば決して悪いことではないし、社会人としては正しかった。
しかし、感情が追い付かなかったのだ。
秋山は恐らく、その狭間で揺れた。
特別に扱ってほしい、ナマエのことを自分の恋人なのだと周囲に知らしめたい、仕事中も少しくらいプライベートのように親しく言葉を交わしたい。
きっと、そのようなものだった。
秋山の嫉妬心と独占欲が人並み以上であることを、ナマエはとっくに知っている。
伏見の言う通り、このまま関係を隠し続ければ別の意味で秋山が自滅するのは火を見るよりも明らかだった。

幸い、秋山は少しずつナマエとの距離感に慣れてきた。
必要以上に緊張することも減り、リラックスした顔を覗かせるようになった。
そろそろ、初恋に憂う学生のように上の空になることはないはずだ。
周囲の冷やかしにも、上手く対処出来るだろう。
ナマエはそう判断し、関係を公表するタイミングを見計らっていた。

まさか、あんな状況でばらす羽目に陥るとは思わなかったけど。

ナマエは、一昨日の出来事を思い出してふっと笑った。
秋山が、今にも泣き出しそうな顔をするから。
同僚たちに嫉妬し、必要のない憂懼に表情を歪め、縋るような目でナマエを見るから。
タイミングは今なのかもしれないと、呼んでしまったのだ。
氷杜、と。
一拍後に響いた大絶叫のせいで、酔っ払いの巣窟に恰好の餌を放り込んでしまったことを僅かに後悔したが、 それでもいいと思えた。
秋山が、幸せそうに笑ったから。
帰り道、貴女が俺を認めてくれたみたいで嬉しいと、ナマエからすれば何を今更、と呆れたくなるようなことを言って、秋山は泣きそうな笑みを浮かべた。

この二日間、秋山は確かに少し挙動不審だが、業務に影響を及ぼすほどではない。
昨日の緊急出動も難なくこなしていた。
ナマエの狙ったタイミングは、強ち間違いではなかったのだろう。
あとは周囲の盛り上がりが下火になれば、これまでよりもずっと適切な状態に落ち着くはずだった。


「ナマエさん」
「ん?」
「……秋山さんのこと、頼んますね」
「は?」

オムライスの最後の一口を飲み込んでから、ナマエは何の話だと首を傾げる。
日高は、申し訳ないような笑みを浮かべてナマエを見つめた。

「俺なんかが言うことじゃないのは分かってるんすよ。ただ、これは揶揄ってるとかじゃなくて。秋山さん、本当にいっつもナマエさんの話ばっかりなんです」

何かを思い返すように、日高の視線が宙を彷徨う。

「ナマエさんが出張とかでいない時は必ず、ちゃんとメシ食ってるかとか怪我してないかとか心配して、皆で飲みに行ったら行ったで弁財さんとナマエさんの昔のこととか話して、出動の時もたまにナマエさんが指揮を執る現場だとなんかいつもより生き生きしてて、とにかくほんと、ナマエさんのこと大好きなんだなあって伝わって来るんすよ」

居た堪れないとは、まさにこのことだった。
ナマエは思わず日高から視線を逸らし、テーブルの上のコップに手を伸ばす。
胸に去来した感情を誤魔化すように、水を一口飲んだ。

「だから多分、秋山さん、めっちゃ幸せだと思うんで。このままずっと、秋山さんを幸せにしてあげて下さい」

結婚披露宴で友人代表のスピーチを終えたかのような表情で、日高が頭を下げる。
ナマエはその頭に手刀を振り下ろしたくなった。
真昼間の食堂で、一体何てことをしてくれたのか。
視線をずらせば、他の三人が苦笑していた。
しかし誰からも日高を揶揄するような言葉は出て来ない。
つまるところ日高の発言が、四人の総意なのだろう。

「……日高ぁ」

後輩にここまで言わしめる秋山は、色々な意味で大した男だと思った。
年下の男四人に幸せを考慮されるという、何とも頼りない外面。
だが同時に、こんなにも慕われる理由となる優れた内面。
それを少しだけ誇りに思ったなんて、本人には絶対に言うつもりはないが、ナマエはゆっくりと笑みを浮かべた。

「覚えておくよ、」

はい、と日高がまるで飼い主に褒められた犬のごとく嬉しそうに笑う。
どいつもこいつも大型犬か、とナマエは苦笑した。

「タイムリミット。お先に」

ナマエは空いた皿とコップの乗ったトレーを持って席を立つ。
本当はまだ指定した時間まで残り五分だったが、これ以上は必要ないと分かっていた。
四人の声に見送られ、トレーを返却してから食堂を後にする。
まるで見計らったかのように、廊下の向こうから秋山が歩いて来るのが見えた。
恐らく今から昼食だろう。

「ミョウジさん、お疲れ様です」
「お疲れ、今からお昼?」
「はい」

近くまで来て立ち止まった秋山を見上げ、ナマエは苦笑した。

「今ならランチに質問攻めがセットだよ」
「……はい?」

意味を図りかねたらしい秋山が、こてりと首を傾げる。

「後輩四人が待ってるよ、って」

説明を付け足せば、一拍後に意味を理解した秋山の顔が真っ赤に染まった。
その顔のまま食堂に足を踏み入れれば、間違いなく日高たちの餌食となることだろう。

「ま、頑張って」
「ちょっ、ミョウジさん……!」

ぽん、と二の腕を叩き、秋山の横を通り過ぎる。
背後から情けない声に縋られたが、ナマエは片手をひらりと振ってその場を立ち去った。
せいぜい秋山も居た堪れない思いをすればいい。
珍しくも、そんな意地の悪いことを思った。




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