二十分前の奇跡[1]
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午前十時、ナマエを部屋まで迎えに行く。
駅前に新しくオープンした、こだわりパンケーキが売りのカフェレストランでブランチ。
午後からは米浜まで足を伸ばし、ナマエが以前行ったことがないと漏らしたことのある水族館へ。
夜は予約したレストランで食事をし、プレゼントを渡す。

あまりにも定番すぎるだろうか。
いや、最初は無難な方がいいはずだ。
でもはやり、もう少し捻りが必要だろうか。
いやいや、多分このくらいでいいのだろう。

秋山は人生で初めて、恋人の誕生日をどう祝うかということについて悩みに悩み、試行錯誤を重ねて立てたプランの中からようやく一つを選び抜いた。
もちろんここには弁財のアドバイスも含まれている。
施設の営業時間、レストランの予約、プレゼントの受け取り、全て抜かりなく細心の注意を払って確認済みだ。

ナマエは楽しんでくれるだろうか、喜んでくれるだろうか。
きちんとスマートにエスコート出来るだろうか。
期待と不安を抱え、迎えた当日。
秋山の計画は、午前九時に鳴り響いたサイレンにより否応なくご破算となった。


分かっていた。
セプター4という組織の特性上、前々から予定を立てておくなど愚の骨頂だ。
だが秋山は、期待してしまったのだ。
ナマエの誕生日の前日、偶然にも秋山とナマエの非番が重なった。
先月末にその勤務日程表を確認した時、秋山は緊急出動の可能性があることなど綺麗さっぱり思考の外に放り出して喜びを噛み締めた。
ナマエの誕生日をきちんと祝うことが出来る、そう思った。
秋山は必死になってデートプランを考えた。
ああでもないこうでもないと自室でパソコンを弄り、情報収集に力を注いだ。
同室者の弁財も巻き込み、ナマエに喜んでもらうための計画を練った。
エスコートの仕方まで入念にシミュレーションし、意を決してナマエを誘った。
秋山のしどろもどろな誘いに首を傾げつつも、ナマエはその日一日を秋山と過ごすことを約束してくれた。
準備は完璧だった。
服装の選定から天気予報のチェックまで、やれることは全てやったのだ。

ストレインの暴走という唯一にして最大の敗因は、秋山には手の打ちようもないことだった。


早々と身に纏っていたデート用の私服から制服に着替え、秋山は涙を呑んで情報処理室に駆け付ける。
そこにはすでに制服を着て髪を上げたナマエの姿があった。
もちろんその顔からは、デートの予定が潰れたことに対する残念な思いなど微塵も感じ取れない。
内心では寂しく思ってくれているのか、それとも特に何も感じていないのか。
秋山は伏見の指示を聞きながら、この日このタイミングでコンビニ強盗なんて馬鹿馬鹿しいことをやらかしてくれたストレインを心底恨んだ。

事件自体は単なる強盗だったのだが、相手がベータクラスのストレイン三名であったこと、また人質が複数いたことにより、収束までには四時間を要した。
戦闘により件のコンビニが半壊してしまったせいで、現場の後始末にさらに三時間掛かった。
屯所に帰着し、報告書やら調書やら破損届やら、諸々の書類作成に二時間。
一通りの処理が終わった頃には、すっかり日が暮れていた。

「よっしゃ、終わったあ!」

提出した書類がようやく伏見のチェックを通過したところで、日高が大袈裟な快哉を叫ぶ。
淡島と伏見以下特務隊の全員が詰めた情報処理室の空気が緩み、誰からともなく苦笑が漏れた。

「お疲れさん」

先に書類との格闘を終えていた道明寺が、日高の肩をぽんと叩く。
それを横目に、秋山はパソコンの電源を落として軽く溜息を吐き出した。
時刻はもう少しで十九時。
生憎、レストランの予約にさえ間に合いそうもなかった。
せめて今からでも、どこかで食事をしながら祝えないだろうか。
秋山は脳内に、巷で大人気のレストランとまではいかなくとも雰囲気の良い店をピックアップしていく。
ネットで空席状況を確認してみよう、とタンマツを取り出したところで、不意に情報室の扉が開いた。

「ご苦労様です、皆さん」

顔を出したのは宗像だった。
立ち上がりかけた秋山らを片手で制した宗像が、部屋の一番奥に座した淡島に視線を向ける。
淡島が機敏に腰を上げた。

「淡島君、進捗状況はいかがですか?」
「はっ。事件の処理は滞りなく完了致しました」

それは結構、と宗像が微笑む。

「では、参りましょうか」
「はい」

デスクからタブレットを取り上げた淡島が、宗像の方へと歩み寄った。

「私と淡島君はこれから京都へ出張です。明後日の昼には戻りますが、何かあれば遠慮なく連絡して下さい。今日のところは各自仕事が終わり次第上がって頂いて結構ですので、しっかり休養を取って下さいね」

やんわりと口角を上げて笑った宗像に、秋山らは声を揃えて諾と答える。
そのまま淡島を従えて部屋を出て行きかけた宗像が、ふと思い出したように振り返った。

「ああ、そうでした、ミョウジ君。確か、君は明日が誕生日でしたね?おめでとうございます」

不意打ちの言葉に、室内がざわりと揺れる。
全員の視線を集めたナマエが、少し呆れたように苦笑した。

「わざわざ祝う年でもありませんけどねえ。どうも、ありがとうございます」

そうだったわね、と淡島が同様に祝いの言葉をかける。
ナマエは苦笑したまま淡島にも礼を返した。

「では、後は任せましたよ」

最後にそう言い残した宗像が、扉を開けて部屋を後にする。
秋山は、その後ろ姿を呆然と見送った。

まさか、宗像に先を越されるとは思ってもみなかった。
たとえ前日のデートが叶わなくとも、せめて日付が変わる瞬間を共に過ごし、秋山が一番に祝いの言葉を掛けるつもりだったのに。
呆気なく、ナマエは他の男からのメッセージを受け取ってしまった。

「そっか、ミョウジさんの誕生日明日か!」
「そうっすよね、おめでとうございますっ」

宗像の言葉にナマエの誕生日を思い出したのか、日高を筆頭に次々と祝いの言葉が上がる。

「ああもう、だからそんなおめでたい年でもないんだって」

やめて、と苦笑するナマエを取り囲む同僚たちの姿を、秋山はどうすることも出来ずにぼんやりと眺めた。
弁財がちらりと気遣うような視線を向けてくるが、秋山に言えることは何もない。
デートの予定が潰れた挙句に祝いの言葉まで他人に先を越され、踏んだり蹴ったりだった。
もちろんナマエの過失ではないし、宗像や隊員たちが悪いわけでもない。
秋山が勝手に期待し、そして勝手に落胆しただけのことだった。

「ミョウジさん、みんなでメシ行きましょうよメシ!」
「そうっすよ!もうみんな上がりなんだし、お祝いしましょうよ」
「んふふ、いいね」
「そうだな。折角の機会だ」
「あ、俺店調べますよ。居酒屋とかでいいですか?」
「もう少しお洒落な所の方がいいんじゃない?」

秋山の失望になど誰も気付くことなく、場は盛り上がっていく。
道明寺らに囲まれて苦笑するナマエが、ほんの一瞬だけ秋山に視線を向けた。
恐らく、今日の約束を思い出してくれたのだろう。
ここで秋山が首を横に振れば、ナマエは皆の誘いを断ってくれたのかもしれない。
しかし秋山は、その視線から逃れるように顔を背けてしまった。
上司と同僚たちに嫉妬した情けない顔を見せたくなかった。

「……分かった、分かったから。もう居酒屋でも何でもいいから付き合うって」

秋山の反応をどう受け取ったのか、ナマエが騒ぐ隊員たちを宥めるように声を掛ける。
ナマエの返事に、室内がわっと沸いた。

「伏見さんも行きますよね?」
「はぁ?!なんで俺が、」
「いいじゃないっすか、行きましょうよ!」

日高が渋る伏見の腕を取って無理矢理立たせ、先頭を切って部屋を出て行く。
次に道明寺がナマエの背中を押して日高を追い、その後に隊員たちが続いた。
他に誰もいなくなったところで、弁財が未だ椅子に座ったままの秋山を振り返る。

「……行こう、弁財」

秋山はタンマツを制服の内側に仕舞い、ゆっくりと立ち上がった。



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