君の健闘を祈る[2]
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秋山に、特段変わった性癖はないはずだ。
嗜虐嗜好も、反対に被虐嗜好もない。
フェティシズムについて話し合ったことなどないが、これといって拘りがある様子は見受けられない。

以上のことを、弁財が居た堪れない思いで説明すると、ナマエは「なるほどねえ」と頷いた。

「なんだろ、男って胸のサイズとか大事?副長みたいな感じの方がいいのかなあ」
「……いえ……」

それを訊ねてきたのも、そこに含まれた人物も、弁財にとっては上官である。
迂闊なことが言えるはずもなかった。
淡島は、言わずと知れた豊満な胸の持ち主である。
制服の生地がしっかりとした厚みを備えていることなどお構いなしに主張される胸元は、初めて見る男性隊員の視線を引き付けるに十分な威力を持っていた。
対してナマエの胸元は、お世辞にも大きいとは言えない控えめなサイズだ。
グラマラスな淡島に対し、ナマエはスレンダーという単語が当てはまるのだろう。

「ちなみに弁財は?どっちが好き?」
「はい……?」

これは、セクハラで訴えたら勝てるのではないだろうか。
弁財は、危うくなってきた思考回路でそんなことを考えた。
もちろん訴える先がさらに上の立場に立つ人間であるならばそれは即ち宗像のことであり、弁財にそんな馬鹿をやらかすつもりは毛頭ない。
宗像にこんなことを相談すれば、面白おかしく弄ばれて被害が拡大するのは目に見えていた。

「ああ、大丈夫。これもオフレコだから」

何が大丈夫なものか。
元上官と現上官を比較して、一体何を言えというのか。

「……俺は、特に、そういうことは、」
「弁財くん?」
「………一般論ですよ?ミョウジさんや副長のことではなく、一般的に女性のスタイルをどう思うか、という話で言うならば、俺はどちらかというと胸が……その、さほど大きくない方が、好ましいと、思っています」
「理由は?」

もう十分に被弾した。
それなのにナマエは、これ以上敵地に突っ込めというのか。
とんだ上官である。

「……あまりにも肉感的だと、なんというか、圧迫感と言いますか、そういうものがあって。手のひらに、収まるくらいが、可愛らしいかと、思います」

片言で何とか説明し終えた弁財は、そのまま上官の前だということもお構いなしにテーブルへと突っ伏しなくなった。
頬が熱いのは気のせいではないはずだ。

「ふうん。日高は巨乳が好きだーって騒いでたけど、まあ人それぞれだよねえ」
「……そうですね。男の中でも、好みは分かれますよ。女性もそうなんじゃないですか?」
「うん、確かに」
「……秋山の、どういうところがお好きですか?」

それは、弁財の細やかな仕返しだった。
ここまで赤裸々に喋らされたのだ。
少しくらい、ナマエにも聞いてみたくなった。
この時点で弁財は、普段の冷静な判断力を失っていたのだろう。

「なに、外見の話?」
「そうですね、とりあえずは」

しかしナマエは、これといって照れた様子もなく考え込むように手を口元に添えた。
先ほどからこの手の話を真顔でするあたり、ナマエはあまりこういったことに羞恥を感じないタイプなのだろう。
本来こういうネタを好む傾向が強い男である弁財の方が、よほど恥ずかしい思いをさせられた。
弁財は元々、この手の話題が少し苦手なのだ。

「特にこれといってどこが好きっていうのはないなあ。別に見た目で選んだわけじゃないし。ああ、不細工だって言ってるわけじゃないよ?」

ナマエの素直な返答に、弁財は微笑んだ。
嘘ではないと直感的に理解した。

「一般的に見て、顔は整ってる部類でしょ。タッパもそこそこあるし、鍛え方も綺麗だし。剣道やってたからか、姿勢もいいしね」

知らない人からすれば、それは恋人に対する評価としては淡白に聞こえるかもしれない。
だが以前からナマエのことをそれなりに知っている弁財にとって、それは十分な褒め言葉だった。

「お好きなんですね、秋山のこと」
「そりゃ、好きだから付き合ってるんだし」

貴女は、好きではなくても付き合えるのでは?

一瞬脳裏を過った台詞を、しかし弁財は口にすることなく胸の奥に仕舞い込んだ。
過去のことを掘り返す必要はない。
今目の前にいるナマエは、弁財の大切な相棒のことを好きだと言う。
ならば、それ以上に必要なものは何もなかった。

「秋山も、貴女のことが好きですよ。というか、あれはもう異常です。馬鹿みたいに貴女しか見えていません。こんなこと、今更言うまでもないでしょうが」

弁財が蟀谷を押さえると、ナマエが苦笑した。
その曖昧な笑みに、きちんと優しさが滲んでいる。

「だから、怖いんじゃないでしょうか」
「怖い?」

弁財は、思い至った可能性をそのまま唇に乗せた。
思惟にふと浮かんだ考えだったが、脳内で少し転がすとすぐにそれが正解だと確信する。

「秋山は臆病なところがあるでしょう。奥手、とはまた違うかもしれませんが……貴女に拒絶されるかもしれないと、恐れているから何も出来ないんだと思いますよ」
「拒絶、ねえ。結構無防備にそれっぽい空気出してるつもりなんだけど」

弁財は、相棒の顔を思い浮かべて苦笑した。
あの男は、誘われても乗らないのか。

「普通なら、その誘いには抗えないでしょうね。でもあいつは、貴女のことが好きで好きで堪らないんですよ。だから、余計なことまで考えてしまって尻込みするんです」
「……それってつまり、どうしろってこと?」

弁財は、心の中で秋山に謝った。

「持って回ったやり方をせず、正面から直接迫ってやって下さい」

もし、ナマエが弁財の言った通りに行動すれば、秋山は恐らく使い物にならなくなるだろう。
鼻血を出して気絶なんて、漫画みたいなことにならないといいが。
弁財は、他人事だと割り切ることにした。

「なにそれ、そんなんでいいの?」
「それで、鈍感なあいつも理解すると思いますよ」

理解して、喫驚して、慌てふためいて、もしかしたら泣いて。
苦笑したナマエに慰められてようやく、その気になるだろう。

「ん、分かった。参考にする」


なあ、秋山。
この人に、こんなことを悩ませたんだ。
お前は十分愛されてるよ。

弁財は、今頃一人寂しく寮のベッドで寝ているであろう相棒に向けて、まあ頑張れ、と投げ遣りなエールを送った。




君の健闘を祈る
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