君の健闘を祈る[1]
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R-18
※性行為の描写はございませんが、直接的な表現を多用しているため苦手な方は閲覧をお控え下さい









「ねえ弁財、いま暇?」

モニターの右下に表示された時刻は、午前二時を回ったところだった。
情報処理室の照明は人感センサーと連動しているため、深夜は夜勤者の座る場所のみがぼんやりと明るくなっている。
過去の事件資料に目を通していた弁財は、斜め前から声を掛けられ顔を上げた。

「特に急ぎの案件は抱えていませんが」

視線を向けた先、先ほどまで書類の束を捲っていたナマエが弁財の方を見ている。
弁財とナマエが二人揃って夜勤当直なのは久しぶりのことだった。

「あのさ、ちょっと話付き合ってもらっていい?」
「はい、もちろんです」

弁財はノートパソコンを閉じ、即座に話を聞く態勢を整えた。
口振りから、仕事の話でないことは分かっている。
職務に関することならば、ナマエはこんな前置きをする人ではなかった。
ナマエは徹底して公私混同を避けるが、それは文字通りプライベートの事情を仕事に持ち込まないということであって、就業中に全く私語を挟まないだとか真面目一辺倒だとか、そういうことではない。
その点では弁財や加茂の方がよっぽど"真面目"だ。
ナマエは国防軍時代から、他愛ない話で部下を和ませたり張り詰めた空気を緩める役割を担うことが多かった。
だから、特に何の事件も火急な案件もない、言ってしまえば暇な深夜、こうして話しかけられることは特に意外ではない。

「出来れば秋山にはオフレコで」
「……は、い……?」

しかし、付け足された一言は想定外で、弁財は目を瞬かせた。
弁財は、ナマエと秋山の関係を知っている。
それは秋山から聞いたからであり、ナマエがそれを知っているということも分かっている。
だが、こんなところでナマエの方から秋山のことに触れてくるとは思ってもみなかった。

「……あいつに聞かれたら、まずい話なんですか?」
「いや、まずくはない。けど、多分落ち込むか取り乱すか最悪泣くと思うから黙っておいてくれると助かる」

ナマエが並べ立てた秋山の反応予想に、弁財は頭を抱えたくなる。
ここで泣く、なんて単語が出るということは、恐らく秋山はナマエの前で何度か泣いたことがあるのだろう。
いい年した男のくせに、と弁財は心の中で相棒を貶した。

「分かりました、オフレコで」
「ん」

弁財が了承すると、ナマエは軽く頷いてテーブルの上のマグカップを手に取った。
中には、先ほど弁財が淹れたカフェオレが入っている。
さて何の話か、と弁財が軽く身構えたところで、カフェオレを一口飲んだナマエが爆弾を投下した。

「秋山ってさ、不能かもしくは童貞?」
「……は?!」

弁財は、ナマエにつられてコーヒーを飲まなかった自分を心の底から褒め称えた。
もしこの瞬間口の中に含まれていれば、間違いなくノートパソコンの上に茶色の飛沫が飛ぶことになっただろう。

「……あの、………え?」

聞き間違いだろうか、そうであってほしい。
思わず聞き返した弁財の切実な願いはしかし、あっさりとナマエに切り捨てられる。

「または何かトラウマ持ち?」

これは、本気だ。
本当に、その手の話をしているのだ。
弁財は背中に流れた嫌な汗を自覚しながら、動転した気分を落ち着かせようと今度こそマグカップの取っ手に指を掛けた。
まさか、ナマエとこういう話することになるとは思わなかった。
しかも明らかに、下品なジョークとして話のネタにしようとしているのではなく、真面目に聞いてきている。

「……いえ、そのどれでもないと思います。俺が知る限り、秋山の……そういう部分は普通の男と変わりません」

深夜の仕事場で、大義を掲げるセプター4の制服に身を包み、尊敬する元上官の女性を相手に、まさか相棒の性事情を説明するなんて。
気まずいどころの騒ぎではなかった。

「ふうん。そっか、普通ねえ。秋山って一人でしてる?」
「ーーっ」

勘弁してくれ。
弁財は喉の奥で低く呻いた。

「……流石に、部屋に俺がいる時にそういう気配はありませんが……まあ、男ですから、そういうこともあるのではないか、と」

何の羞恥プレイだ。
そもそも、なぜ他人の性事情を語って羞恥を感じなければならないのか。
それは自問自答するまでもなく、秋山が弁財にとってただの同僚という枠を超えた存在だからだろう。
相棒、親友、兄弟。
そんな名称を当てはめても違和感がないほど身近な人間なのだ。

「まあ、そりゃそうか」
「………あの、どうしてまた突然、こんな……」

意味も分からないまま質問を重ねられることに耐え兼ね、弁財はナマエに意図を訊ねた。

「ああ。秋山がさ、手ぇ出さないんだよね。だから、理由は何かなあ、と思って」
「………はい?」

手を出さない、ということはつまり、そういうことだろう。
秋山は、今弁財の目の前にいる恋人と、そういうことをしたことがないのか。

「あの、交際を始めてから、もうそこそこ経ちますよね?…半年か、そのくらい」
「合ってる。多分そのくらいだね」
「……一度も、ですか?」
「そ、一度も」

信じられない、と弁財は思った。
弁財は、秋山がどれほどナマエのことを愛しているか、それはもう嫌というほど知っている。
ナマエの話は耳にたこが出来るほど毎日のように聞いているのだ。
その秋山が、手を出していないなんて。

「まあ別にさ、しないならしないでいいんだけどね。ただ、理由は一応把握しておこうかなあ、と思って」
「……なるほど」

ナマエの台詞は、前半部分はともかくとして、後半部分は尤もな話だ。
恋人として、相手に求められないならば理由を知りたいと考えるのが普通だろう。

「男としての機能が正常、となると、あとは何だ?……ああ、魅力ないのかな」
「いえ、決してそんなことは、……ないと、思います」

弁財は思わず主観で否定しかけ、慌てて言葉を付け足した。
秋山に殺されたくはない。

「どうなんだろ。秋山って、どういうのがタイプ?エロ動画とか、どんなの見てるか知ってる?」

ああ、もう嫌だ、と弁財は手で顔を覆った。





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