孤独を埋める唯一無二のピース[1]
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人生とは、膨大な数のピースを組み合わせて作り上げるジグソーパズルのようだ。

人が一生を懸けて作るそれは恐らく、全体のサイズも一つひとつのピースのサイズも人によって異なるのだろう。
枠組みが元から決まっている人もいれば、どこまでも大きくなっていく人もいる。
最後に絵柄が完成する人もいれば、完成しない人もいるだろう。
その絵も、本人が意図して完成を目指す場合もあれば、偶然に出来上がる場合だってあるのかもしれない。


宗像礼司は、恐らくかなり早い段階で自らのジグソーパズルの完成図を見通していた。
もちろん隅から隅まで細かくとは言わないが、少なくとも全体像は掴んでいた。
その完成図を思い浮かべるうちに宗像は、何か決定的に足りないものがあることに気付いた。
足りない色、と表現した方が適切かもしれない。
宗像は頭の中で広がる絵を見て、物足りない、と感じたのだ。

宗像は幼い頃から神童、天才と呼ばれて育った。
頭脳明晰で運動神経に優れ、勉強もスポーツも、何をやらせても必ず一番になった。
同年代の子どもから浮くどころでは済まず、中学校に進学する頃にはそこらの大人よりもよほど優れた弁舌を振るった。
周囲は宗像を異質なものとして扱い、宗像もまた自身が飛び抜けて優秀であることを自覚していた。
時にその優秀さは孤立や孤独を生み、それは宗像をさらなる高みへと押し上げた。
幸いなことに、鳶が鷹を生んだと言われた両親は、息子の出来の良さを素直に喜んだ。
両親に似た兄もまた、自らより遥かに優れた弟を僻むことなく可愛がった。
宗像は元来持ち合わせていた賢さと、真摯に受け止めた家族から注がれる愛情を軸とし、人格においても歪むことなく正しい道を進んできた。

しかし、完成図を見つめる度に感じる物足りなさは、宗像が年齢を重ねるごとに強いものへと変わっていった。
飢餓感、と呼んでもいいのかもしれない。
それが、全国どこの進学校にでも容易く入学出来る宗像が、敢えて地元に程近い一般レベルの公立高校を選ぶ決定的な理由となった。
宗像は、自らにないもの、自らが知らないものを追い求めようとした。
それが、"普通"だったのだ。

学年首位の成績で難なく入学した宗像は、至って普通の高校生活をスタートさせたつもりだった。
だが、事は宗像が考えていたよりも容易ではなかった。
入学してから気付いたことだが、高校生にもなると容姿というものがこれまでよりも遥かに重要なものとして人の判断基準に適用される。
宗像は、自らの優れた容姿が人と距離を作る一つの要因であることを知った。
高校生ともなればある程度は本音と建前を分け、上辺の付き合いを覚えるのか、中学までのようなあからさまな孤立をすることはなかったが、それでも宗像の存在はクラスに溶け込むことなく異質だった。
しかし、宗像自身がそれを悲しく思うことはなかった。
聞くまでもない授業を真剣に受け、空き時間には読書をし、ふとした瞬間に周囲を見渡して宗像は足りないピースを探した。


それは、入学してから三ヶ月ほど経ったとある日の放課後のことだ。
部活に入っていない宗像は、いつものように図書室で本を読んでいた。
ジグソーパズルに関する書籍だ。
入学してしばらくした頃にあった"図書室に新しく用意する本のリクエスト"というアンケートで宗像が希望した書籍の一冊だった。
ジグソーパズルの魅力を解き明かす内容となっており、その歴史やバリエーションなどを丁寧に解説している。
パズルを製作する工場の見学シーンや実際に自らパズルを作る方法なども載っており、宗像は興味深い内容を楽しく読み進めていた。

不意に宗像は、自身に向けられる視線に気付いた。
何か用事だろうか、じっと観察されているように感じる。
この一文を句点まで読み終えたら確かめようかと字面を追っていると、唐突に聞こえてきた小さな笑い声。
それは下品なものではなく、ふふ、と柔らかな音で、宗像は興味を引かれ文章の途中で顔を上げた。
宗像を見つめていたのは、肩にスクールバッグを掛けて胸元に教科書を抱え込んだ女子生徒だった。
顔を上げた宗像と目が合うと、その女子生徒が少し気まずそうに、邪魔したことを詫びるように眉を下げる。
はて何を笑われたのかと宗像は首を傾げ、やがて手元の書籍に思い当たった。

「もしかして、君もこの本を探していたのでしょうか」

図書室に入荷したと聞いて宗像が最初に借り受けてしまったが、もしかするとこの女子生徒も同じ本を探していたのかもしれない。
それが見つかって嬉しく思ったのだろうか、と考えた宗像が問えば、女子生徒は一度きょとんと目を瞬かせた後、こくこくと立て続けに頷いた。

「そうでしたか、それはすみませんでした。私はもうすぐ読み終わりますので、もしよろしければ少し待っていて頂けますか?」

宗像がそう言って隣の椅子を示すと、女子生徒は素直にそこに座った。
てっきり待っている間に勉強でもするのかと思っていたら、女子生徒は教科書をバッグに仕舞って宗像の方に視線を向けてくる。
よほど内容が気になっているのかと思うと、宗像は少し嬉しくなった。
宗像がジグソーパズルの魅力を知ったのは小学生の頃だったが、これまで同じ趣味を持つ同年代の子どもに会ったことがなかったのだ。

「君は普段からジグソーパズルを?」

思わず、続きを読み進めることなく問いかければ、その女子生徒は口籠り、やがておずおずといった様子で宗像を見返した。

「あの、すみません……小さい頃にやって以来、やったことはないんです。……なんか、詳しいとかじゃなくて、すみません」

心底申し訳なさそうな調子で答えられ、宗像は不思議に思った。

「何を謝ることがあるのですか?」
「えっ……と、なんか、そういう本を読んでるってことは、多分凄く好き、なんですよね?……大して知りもしないのにって、思うかなあ、って」

女子生徒の言わんとすることを理解し、宗像は苦笑した。
本を閉じ、椅子を少し傾けて女子生徒の方に身体を向ける。

「そんなことはありません。楽しみ方は人それぞれですよ。君が幼い頃にやったというジグソーパズルは、どのようなものだったのですか?」

宗像の言葉に、女子生徒は安堵したように小さな笑みを浮かべた。
それから、親に連れられて行った世界的に有名な画家の展覧会でお土産に買ってもらったジグソーパズルだった、と宗像の問いに答える。

「海の絵が、すごく綺麗で。少しずつ絵が完成していくのが、とてもワクワクしたんです」
「確かに、彼の絵はとても透明感のある美しい絵ですね」

画家の名前からその作風を思い出した宗像が同意すると、女子生徒は嬉しそうに目を細めた。
肩まで伸びた黒髪に、きちんと正しく着こなされた制服。
恐らく真面目で勉強熱心な生徒なのだろうが、まとう雰囲気は柔らかい。
何よりも、濃い藍色を少し混ぜたような黒い瞳の輝きが、宗像にはとても綺麗に見えた。

これまで宗像は、あまり人と目を合わせて話すことがなかった。
それは、宗像が人の目を見ないからではない。
相手の方が宗像から視線を逸らすのだ。
宗像の言葉は、自身が意図せずとも相手を追い詰める。
それを自覚している宗像は極力丁寧で柔らかい口調を心掛けていたが、それでも宗像と目を合わせて喋る人というのはほとんどいなかった。
それこそ、家族くらいのものだろう。
だからこそ、この生徒が真っ直ぐに目を合わせて話してくれるということは、宗像にとって新鮮な喜びがあった。
時に光の加減で藍色に見える瞳は、何も恐れることなく宗像を見つめている。
楽しそうに輝き、嬉しそうに細まり、そして驚くと見開かれる。
感情を素直に映し込んだような瞳を、宗像はとても好ましく思った。

気が付けば宗像は、その本で読んだジグソーパズルの歴史やバリエーションなどを、噛み砕いて丁寧に説明していた。
真っ直ぐに見つめてくる瞳には、宗像を異質なものとして扱おうとする気配がない。
宗像を恐れることも、区別することもなく、ただ宗像の話す言葉に耳を傾けてくれる。
そこには見慣れた嫉妬も羨望も、嫌悪もなかった。
友人と対等に話すというのは、こういう感覚なのだろうか。
宗像は、まだ名も知らぬ女子生徒に語る自分を客観的に見つめ、楽しそうだ、と思った。


結局その日、最終下校の時刻になるまで宗像はその女子生徒と話していた。

「どうぞ、先に読んで下さい」

帰り支度を整えながら、数十ページを残した本を女子生徒に差し出す。
すぐに読むから待っていてくれ、などと言っておいて留まらせたのに、結局読めなかったからまた後日、とはいかないだろう。

「あ、いいんです。読み終わったらで、大丈夫ですから」
「いえ、しかし。待っていて頂いたのに、そういうわけにはいきません」

両手を胸の前で振られ、宗像は戸惑う。
しかし女子生徒は、少し照れ臭そうに笑った。

「……あの、また、ここに来てもいいですか?」
「え?」
「また、来ます。だから、話、聞かせて下さい。その時に、もし読み終わっていたら貸して下さい」

真っ直ぐに見上げられ、宗像が一瞬言葉に詰まる。
その間にバッグを肩に掛けた女子生徒は、それじゃあ、と言い残して小走りに図書室から出て行ってしまった。
後に残された宗像は、状況を上手く飲み込めないまま手元の書籍に目を落とす。
名前すら聞けなかった、ということに気付いたのは、校門を出てからだった。



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