行き着く先はいつも愛
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「本当に、すまなかった、」

そう言って、言葉の通り心底申し訳なさそうな顔をした貴方を見たとき。
本当は、そんなに怒っていたわけじゃなかった。

でも、ちょっと面白くなかったのは事実だった。


今夜は飲み会に行くから夕食はいらない、というメールが届いたのは、今日の昼過ぎのことだった。
いや、日付はもう変わってしまっているから、正確には昨日の昼過ぎだ。
私はいつもの通り、分かった、と返事をした。
珍しくも何ともない、月に何度かはあるやり取りだ。
いつも通りじゃなかったのは、私の心の奥底だけ。

別に、貴方が飲み会に行くことが嫌なわけじゃない。
今更、その席には女の子がいるのかどうかなんてことも気にならない。
会社勤めである以上、同僚と飲みに行くのは普通のことだし、しかも今は忘年会シーズンだ。
とことんお酒に弱い貴方の身体が少し心配だとは思うけれど、楽しんできてほしいと思う。

そう、思うけれど。

「誕生日、なんだけどなあ……」

メールの送信を終えてスマホをソファの上に投げ出した時、思わず漏れた独り言。
自分で言って、自分で苦笑した。

学生じゃあるまいし、今更誕生日が嬉しいわけじゃない。
わざわざお祝いをしてほしいとか、プレゼントがほしいとか、そんなことも思わない。
でも、せめて。
旦那様にくらい、一言おめでとうと言ってほしかった。
誕生日を祝ってもらう、ということが重要なのではない。
貴方が覚えてくれている、ということが、私にとっては大切だったのだけれど。

案の定、日付が変わって一時間ほど経った頃に帰ってきた貴方は、当然さっきまでが私の誕生日だったなんて覚えていなくて。
僅かなアルコールの匂いを漂わせながら、いつも通りにただいまと言った貴方を見て。
少しだけ、寂しくなった。

結婚して早数年。
今更、見慣れた嫁の誕生日なんて、これっぽっちも意識しないのかもしれない。
私は今年の貴方の誕生日に、貴方の好きな料理と甘さ控えめのケーキを作って待っていたんだけどな。
そんなことを思い出してしまうと、どうにも面白くなくて。
つい、つっけんどんな対応をしてしまった。
私が不機嫌なことに気付いた貴方は、しばらくその態度を訝しんでいたけれど。
やがて、昨日が何の日であったか思い出したらしい。
慌てて私の名前を呼んだ貴方は、珍しく焦った表情で。

「悪い、誕生日だったよな」

そう言った。

思い出してくれた。
それだけで、良かった。
良かった、のだけれど。
胸の内に燻っていた寂しさや遣る瀬なさが、貴方の言葉をきっかけに膨れ上がった。

「別に、気にしてないからいいよ。今更誕生日も何もないでしょ」

そう言って、貴方に背を向けた。
ひどい言い方をしてしまったと、自覚していた。
これ以上貴方に八つ当たりするのは避けたいと、先に寝室に向かう。
そんな私を捕らえたのは他でもない、貴方だった。


「本当に、すまなかった、」

両肩を掴まれ、正面から向かい合う。
紫紺の瞳は本当に、忘れていたことを悔いているようだった。

「……だから別に、」
「ナマエ」

何となく居心地が悪くなって、逸らそうとした視線。
でも、貴方はそれを許してはくれなくて。

「なあ。どうすりゃ許してもらえる、」
「だから。別に怒ってないってば!」

自分で不機嫌になっておいて、勝手な話だとは思うけれど。
今になって、こんなことで機嫌を損ねた自分が馬鹿みたいに思えてきて。
その手から逃れようと身体を捩れば、肩にあった貴方の手は私の腰を引き寄せ強く抱き締めた。

「………だったら、怒ってくれ、」

耳元に降ってきた貴方の声は、少し掠れていた。

「てめえの大事な女の誕生日を、仕事が忙しかっただなんて下らねえ理由で忘れて、挙げ句の果てに飲んで帰って来た馬鹿な男を」

骨が軋みそうなほど、腕の力は強かった。

「文句を言って、罵って、引っ叩きゃあいい」

だから、と。
貴方は私の顔を覗き込んで。

「最後に、許しちゃくんねえか」


ずるい人だ。
本当に、貴方はずるい人。
切なげな顔をして、声を震わせて、そんなことを言うのだから。
私には、頷くという選択肢以外残されていない。


「ちっと酒臭いかもしんねえが、勘弁してくれ」

その言葉と共に重ねられた唇。
確かにアルコールの匂いがして、決して甘くはなかったけれど。
きっと今晩、貴方は甘ったるいケーキの入った箱を抱えて、苦虫を噛み潰したかのような顔をして帰って来てくれるだろうから。

その時は、私から甘いキスをすればいい、と。
そう思いながら、貴方の背中に手を添えた。




行き着く先はいつも愛
- 何度でも、狡い貴方に恋をする -





シャラちゃんへ、愛を込めて








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