あの夜から数日。
数日のうちに私の恩人である鱗滝さんから全てを教えて貰った。私の両親を殺したのは"鬼"であるという事。恩人である鱗滝さんはその鬼を狩る鬼殺隊の元柱だという事。鬼殺隊とは数百名の組織で、政府から正式に認められていないにも関わらず古から存在しているのだという。

あの夜に見た化け物が鬼…しかし、そうか。あれが鬼なのかとすんなり理解出来たのは、あれはまさに鬼と形容すべき姿形であったからだ。逆にあれが人間だと言う方が信じ難い。あの鋭い牙も爪も人間とはかけ離れ過ぎている。全ての話を聞いた後、鱗滝さんが私に問うたのはひとつ。全てを忘れて普通の生活に戻るか、錆兎や義勇と同じく鬼殺隊を目指すか。鱗滝さんはお前ならばきっと良い人と添い遂げられると、私には人として幸せになる事を選んで欲しいと言って下さったけれど到底考えられないのが正直な気持ちだった。鬼の存在がこの世から消えないのであれば私や錆兎達のような子も増え続けてしまう。鬼は見境なく人を襲い、遺された家族の事など微塵も考えたりしない。

私の気持ちはもう既に決まっていた。決まっていた事を鱗滝さんは気付いていた筈なのに敢えて私に選択を与えたのだ。私が選んだ道は死と隣り合わせ。女としての幸せを掴む事はまず出来ないだろう。剣士として生き、死んでいく。しかし私にとって自身の幸せよりも誰も傷つかないで生きられるような世界にしたい。その気持ちに嘘をついて普通の生活に形だけ戻したってそれこそ私は幸せになんかなれない。

「…鱗滝さん。私にも剣を…人を守る術を教えてください」

天狗の面で表情は窺えないが、私の言葉を聞いて鱗滝さんも決意を固めてくれたようだった。


▲▼



腕の傷は殆ど塞がり動かすのも問題なく剣を握れるようになった頃。私と錆兎、義勇を含め3人での修行が始まった。私は2人よりも数ヶ月遅れをとっていた為、2人に追いつくのは困難だった。有難い事に昔から両親に武道を叩き込まれていたので普通の女の子より筋力には自信はあるが…それでも元々男女の筋肉の差というものは存在しているので2人に勝る、という事は無い。

「遅い!」

ガキン、と鈍い音と共に弾かれた木刀が派手な音を立てて地面に転がった。ビリビリと掌が痺れている。宍色の髪をした少年、錆兎は私と義勇と同い年でありながら力も速さもずば抜けていて、加えて機転も利く。数秒手合わせしただけで私の微妙な動きの癖にも気付いてそこを重点的に責めてくる。身体の体幹も強くちょっとやそっとの反動を与えた所で錆兎に隙は生まれない。才能だと認めざるを得なかった。しかしそんな天才と手合わせ出来るのならばこれ以上の好機は無い。何よりも私にとって有難かったのは錆兎との手合わせは微塵も手加減等感じられない事だった。女だからと手を抜く事は一切しない。私を1人の剣士として見て真摯に向き合ってくれている証拠だと思う。鬼を相手にする以上、少しの油断が命取りとなるのだ。これはただ勝敗を決める試合ではない。命懸けの修行だという事を理解してくれている。

「錆兎、ごめん。もう1回」

「…修行に真剣に取り組む姿勢は良い事だが、自分の体力の限界も知っておけ、名前。朝からずっと木刀を振り続けていたから指先まで力が入ってない。だから簡単にすっぽ抜けるんだ」

錆兎が溜息をつきながら転がっていた木刀を拾い上げ、私に手渡した。自分の手を見ればマメが潰れて指先が痙攣している。先程までは全然自分でも気付かなかったのに、目で確認した途端痛みがいきなり襲ってきて、せっかく手渡してくれた木刀をまた落としそうになった。
休めとは言ってくれるけど…私がこんなに汗と泥でぐちゃぐちゃになっているのに錆兎は汗ひとつかいていないし、白い羽織には汚れ一つついていないのだから悔しくて休んでなんかいられないんだこっちは。恨めしそうに錆兎を睨みつけても、私の顔がそんなにおかしいのかふっと笑われるだけだった。

「確かに名前はこんを詰めすぎだよね。最終選別まであと1年はあるんだし…塞がったとはいえ、無理してまた腕の傷が開いたら元も子もないよ」

私と錆兎が手合わせしている最中傍で素振りをしていた義勇に心配そうに見つめられるものだから、うっと言葉に詰まってしまう。

最終選別は藤襲山で行われる。そこで生き残る事が出来たなら鬼殺隊になれるが、言い方を変えれば生き残れなかったら死ぬという事だ。生死が関わるんだから、自分に力な足りていないと自覚してしまった以上無意識にでも焦ってしまうのは仕方ないと思う。

「少しでも2人に追いつかないと不安なんだもん…」

「不安は分かるがここで潰れたら今までの努力が水の泡になるぞ。名前は持久力と速ささえ鍛えればもっと伸びる。焦らなくていいとは言わんが程々を覚えろ」

「はい…」

「よし、じゃあ次。義勇!手合わせ願えるか」

「うん!」

2人の邪魔にならないよう少し離れた所にある大きな岩に腰を下ろした。私の欠点である所はもう指摘されて分かっている。力を持続する方法…こればっかりはすぐに改善出来るものではないし日々の積み重ねだな。頑張らなくちゃ…
錆兎と義勇の木刀がぶつかり合う音と聞きながら、沈んでいく夕日を見上げた。


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