強い女だと思った。
初めて話した時の印象はそれだけだった。家族を失ったにも関わらず俺の叱咤にも折れず一緒に修行したいと言い出した。身寄りがいない訳でもないだろう、それにこう言っては何だがとても綺麗な顔立ちをしている。街に出れば言い寄ってくる男は少なくないはずだ。その中で良い男と結ばれて子供を授かり普通の人間として人生を歩んでいく事も出来たはず。先生もそれを望んで選択肢を与えたと言っていた。しかし俺や義勇も勿論、鱗滝さんも予想外の返答をした少女。傷が塞がり、剣も握れるようになった頃には俺達と同じ修行量をこなしていた。俺達でさえキツい修行を少女…名前は何も言わずに淡々とやり続ける。俺は正直1週間も持たないと思っていたが、なるほど見込みのある奴だと名前に興味を持ち始めたのが修行を始めて1ヶ月程経った頃。
「…錆兎!」
「…!」
ぼんやりと頭の隅で出会った頃の記憶を遡っていると、木刀の切っ先が目先をすり抜けていく。手合わせ中だというのに、少し気が抜けてしまっていた。
「手合わせ中に考え事をする余裕があるのね…」
出会った頃と比べて少し大人びてきた名前を見るとつい思い出しては懐かしんでしまう。額に汗をかき、豆が潰れて包帯だらけの手の平。もうそこには弱さを微塵も感じさせない。
「ちょっと何笑ってんの」
「いや、何でもない。気にするな」
「え?なに?何か顔についてる?」
ぺたぺたと自身の顔を触る名前。先程とは違う、年相応の少女の顔。表情がコロコロと変わって見ていて飽きないな、お前は。まるで妹が出来たかのような…然し今は妹とは違う愛おしさがある。
剣の腕も驚く程のスピードで上達してきている。このまま鍛えれば義勇にも俺にだってきっと追いつくようになる。俺達も努力はしているが、自身の力を把握して俺達に追いつく為にどれくらい努力すれば良いのかしっかり考えて、夜な夜なトレーニングに励んでいるのも知っている。最初こそ追いつこうと必死だったからか無茶をしていたが、今は心配ないようだ。
「なぁ、名前」
「うん?」
俺達が選んだ道は決して楽なものじゃない。俺も義勇も、そして名前も。いつ命を落とすか分からない茨の道を進む事になる。それを覚悟して此処にいる、だが…少し。少しだけお前の幸せを願ってやまない自分がいるんだ。俺らしくもない。決めた道を進むのみ。しかしそれは俺達だけでいいんじゃないかと、思うのも確かだ。名前は強い。それは嘘ではないがもし俺達のうち誰かが死ぬ時がきたら。
そう考えてやめた。そんな事を考えても仕方がない。今は最終選別に向けて全力を尽くすのみ
「…最終選別まであと少しだ。頑張ろうな」
「うん!」
眩しいくらいの満面の笑みに俺は少し目を細める。自分自身の気持ちにそっと蓋をして、再び剣を握った。