涙はそんな色だったか(錆兎)




※錆兎生存if



「綺麗に折れてますね。最低でも2ヶ月は静養して下さい」

にっこりと笑いながら、それでいて少し怒気を含んだような声音にびくりと身体を揺らす。表情と声音が合ってないのが余計に怖い。しかし、それもそうだ。こうして蝶屋敷の主であるしのぶに怪我の具合を診てもらうのは今月に入って5回目である。前回あれほど気をつけるよう念を押されたにも関わらずこの有様だ。前回は全治2週間の全身打撲、その前は大腿部を17針縫った。そして今回は肋骨を2本骨折。

「幸い胸郭内の肺や心臓等に損傷は見られませんし無理をしなければ早く完治すると思いますよ。ええ、無理などしなければ」

「2回も言わないで…」

「私だって言いたくないですよ。」

しゅっしゅっと拳を突き上げるしのぶに頭が上がらない。だが私とて任務に対して気を抜いている訳ではないのだ。鬼の存在を危険だと認識もしている。

「…今回も同じ理由ですか?」

ため息混じりにしのぶが言う。しのぶとは何度か合同任務で一緒になった事があるし、こうして怪我をする度に理由を聞かれる為全てを話してある。
どうしても斬ることを躊躇うのだ。私がこの手で殺めた妹を思い出して。かつて私の妹も鬼と化し、理性を失い両親や兄弟を喰い殺した。仕方がなかったと言われればそうかもしれないが今でも時々思う。あの時皆と同じように私も喰い殺されれば良かったと。そんな馬鹿な事を考えずにはいられない、妹の首を錆び付いた刀で何度も何度も叩き切った時の顔が斬る直前で脳裏に浮かぶ。まるで呪いのように。普通の人間として生きていく選択も確かにあった。しかしそうなればいずれ私は罪悪感で潰れてしまうかもしれない。自分だけがのうのうと幸せに暮らしていく位なら、この身を削ってでも救える人を救う道を。綺麗な言葉で誤魔化して。本当は他人を救う事で自分の罪が軽くなる気がするからだ。なんて浅ましい、罪深い人間なのだろう。吐き気がする。

「ごめん…」

誰に対して謝っているのか。自身にも分からぬまま、そのまま黙って立ち去ろうとする私の羽織の袖をしのぶが掴む。そしてしのぶが何かを言いかけようと口を開いた時だった。ドタドタと足音が聞こえ、部屋の扉が勢い良く開かれる。足音の主は誰か見ずとも分かった。私が怪我をする度にこうして毎度毎度やってくるのだから。全く何処から聞きつけるんだか

「錆兎さん、他の方にご迷惑になるのでお静かにお願いします」

「すまない。それで怪我の具合は」

「大したことないよ。ちょっと油断しただけ」

しのぶが口を開く前にそう言うと、しのぶが少し怒っているような表情をした。こうやって誤魔化すのも今月に入って5回目。錆兎とは恋仲で、もう何年も一緒にいるけれど…それでも私の過去は言えないでいる。幻滅されたくないからだ。こんな身勝手な理由で錆兎に心配を掛けているのも嫌気がさす。

「じゃあちょっと休むね。しのぶ、診察ありがとう」

「……いいえ、お大事に」

しのぶは最後まで何も言わなかった。
部屋を出て、痛みを感じながらも平然と廊下を歩く。錆兎は黙って後をついてきた。錆兎は現在柱として任務で忙しい筈なのに無理矢理時間を作って会いに来てくれている。それが嬉しくも…正直苦しくもあった。

「…大丈夫なのか?」

ぴたり。しのぶが用意してくれた部屋の襖を開ける手が止まる。錆兎の手が私の手の上に重なって、その温もりに危うく涙が出そうになった。今の私にその優しさは毒だ。

「俺ではお前の支えにはなれないのか?」

「っ!」

勢い良く顔を上げた瞬間、錆兎の瞳が真っ直ぐ私を射抜く。私がどうしてこうなっているのか錆兎は知っている。そう直感した。誰に聞いたのか、それを知っていて打ち明けられなかった私の弱さを錆兎はどう思うか、そんな事ばかりが頭に浮かぶ。結局私は弱いまま。妹を救えなかった頃の弱い私のままだ。ポロポロと涙を零すそんな私を優しく抱き締めてくれる錆兎が愛おしくて堪らなかった。弱いままの私を、それでもいいんだと認めてくれてるようで

「錆兎…ごめん」

「ああ」

少し顔を離した錆兎はひとつ口付けを落とす。
ずっとこびり付いていた黒い塊が溶けるような感覚。優しく微笑んだ錆兎に再び体重を預けた。







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