夢の残り火 (煉獄)
※鬱表現有
この世界に神様なんていない。
さすれば、天国も地獄もない。だってそうでしょう。そうでなかったら人間は理不尽に殺される事もないし、病に倒れることも無い。神様という存在が私達を見守っていてくださるのなら、きっとそういう世界になるはずでしょう?大切な人が殺されたとして"神様どうして"と恨んでも何も変わらないのがその証拠でしょう?
幼なじみで、想いを寄せていた炎柱である煉獄杏寿郎が死闘の末亡くなったと聞いたのは昨日の事。若くして柱という責務を全うした彼の死を悼む人々が多くいる中、私は何も思わなかった。きっと悲しいとか、苦しいとか気持ちはあるけれど自分が自分じゃないような、客観的に見ている自分が居て変な感じだった。泣きも喚きもしない私を見兼ねた彼の弟、千寿郎君が声を掛けてくれたけど正直なにを言われたのか記憶にない。彼は鬼殺隊の柱なのだから、戦闘の末命を落とすなど覚悟していた筈だ。責任感の強い彼の事だから死ぬ間際まで後悔の気持ちなど一片も無かったであろう。そんなこと、分かっている。
しかし貴方は残される人達の事を考えてはくれたのだろうか。私の事を…数秒でも思い出してくれただろうか。幼なじみだとはいえ、柱になってからほぼ顔を合わせず私の想いを伝えられぬまま逝ってしまったけれど。私の気持ちに気づいていたのだろうか。
今となっては分からない。答えは全て貴方が持って行ってしまったのだから。
死んだら貴方に会える、なんてそんなロマンチックな事は考えてないけれど貴方がいないこの世界で生きていくには私には少し
「杏寿郎…」
死ぬ前に声が聞きたかった。それだけでよかった。一緒にご飯を食べに行って、楽しかった事や嬉しかった事を聞きたかった。話したかった。想いが実ればいいなんてこれっぽっちも思ってなかった。それなのに
右手に持った小刀の柄を握り締めるとカチカチと音がする。頬を流れる涙が足元の地面の色を変えていく。
どうか。どうか願わくば
天国も地獄もありませんように。神様などいませんように。死んで、貴方と会いませんように。
貴方がいない世界から逃げる私をどうか許さないで
嗚咽が空気に溶けて消えていく。私は右手で柄を掴んだ掌に左手を添えて思い切り自らの胸に突き刺した。