「 2 」
頭の中に、あの夜彼から言われた言葉がこだまする。
『あんたは、高潔だ。孤高な高嶺の花だ』
『あんた、いま泣いてんだろ? 俺には分かるんだよ、あんたが笑顔の下で泣いてるって』
『俺があんたをぜんぶ受け止めてやるから。俺はこう見えて、けっこう度量の大きな男なんだぜ。とくにあんたは俺のタイプだから、とろけちまうくらいに甘やかしてやるよ』
柔らかいほほえみ。どこまでも甘く優しい微笑。満ちる甘さ。
そして、耳に吐息とともに直接吹きこまれた、低い声。色をひさぐような、溢れる色香。性的で倒錯した色香。
『近いうちに、あんたのその虚勢を、ぐちゃぐちゃにしてあげるから。覚悟するといい』
ゾクリと。
足のつま先から頭の先まで、全身を撫ぜられるような感覚に襲われる。思い出すたび、息が詰まる。息ができなくなる。
――ちくしょう、
目下の内海裕也を見やる。
まだ気持ち悪いらしく、床に手をつき、苦しそうに胸元を抑えている。
――全部、全部この男のせいだ。
お前のせいで、完璧だったおれの精神の平衡が微妙に崩れ始めている。
お前のせいで…
無意識に、尻のホルダーのクナイに手が動く。
ナルトは今まで、邪魔だ、有害だと思う人間を躊躇なく殺してきた。
どうせ人間なんてゴキブリのようにどこからか勝手に沸いてくるんだから何人殺したって大した問題じゃないだろう?
その程度の気持ちだ。
一般人は殺してはいけない決まりがあるが、そんなのどうとでもできる。里一の忍者であるナルトにかかればどうにでもごまかせた。
今、こいつは、俺にとって有害だ。
…今殺してしまった方が…
冷たい金属のクナイに指が滑る。
その時。
「やーれやれ、」
内海裕也が顔を上げた。
ハッと、手をクナイから離す。どうして離してしまったのかは分からない。条件反射だった。
内海裕也は困ったようにヘラリと笑んだ。
「ちょっと気を抜くと殺気向けられちゃうんだもんなぁ」
「!」
俺は殺気を出していたのか。
忍者にとって、何も考えず殺気を出してしまうのは三流だと言える。相手に警戒させてしまうからだ。殺気を一切出さず、サッと殺してしまうのが一流であり、ナルトもそうだった。
「な、なんのことだってば…」
「いや、いいよ。たしかに、今のおれは死ぬほど情けねぇからな」
そう言って、彼はふらふらと立ちあがった。
またヘラリと笑う。
「おれはあんたを守りたいって思っているのに、おれは弱いから、情けないところばかり見せちまうな…。正直、悔しいよ。おれはあんたらみたいに忍者じゃないから、この世界でできないことがたくさんある。本当は、あんたを甘やかしてやりたいのに、甘やかすどころか対等になることさえできない…」
一瞬悲しげに笑みが歪んだが、またすぐ平素の軽薄な笑みに戻る。「ま、ありがとな、うずまき。お陰でアカデミーに着いたわ」
ナルトもすぐに平素の笑顔に戻った。「おう!」
「おれはここの権力者というか教員に、雇ってもらえないか話しに行くわ。あんたは授業に急がなきゃだろ?」
「あ、そうだったってば!」
彼は片手を挙げる。「じゃ、またな、うずまき」
「うん、またな、裕也兄ちゃん!」
ブンブン手を振りながら、ナルトは裕也から離れて行った。
扉を出たナルトのドタドタと階段を駆け降りる音を遠くに聞きながら、裕也はふらふらと歩き出し、前屈みにフェンスに凭れた。眼下に広がる里の景色。
――あいつの前では弱っちいところ見られたくなかったぜ…。
もうこれで2回目だけど。
ナルトが飛ばしたせいで、まだ頭がぐるぐる回る。
吐き気はまだおさまらない。
「…死ぬかと思ったぜ…マジで…」
そう呟いたら一気にウッと吐き気が襲ってきて、急いで口に手をあてた。
――これはしばらく喋れないな。
口を開けばゲボゲボと何かゲロチックなものが流れ出るに違いない。
裕也は口を閉じ、回復するまで、風に当たりながら、黙って里を眺めることにした。
『あんたは、高潔だ。孤高な高嶺の花だ』
『あんた、いま泣いてんだろ? 俺には分かるんだよ、あんたが笑顔の下で泣いてるって』
『俺があんたをぜんぶ受け止めてやるから。俺はこう見えて、けっこう度量の大きな男なんだぜ。とくにあんたは俺のタイプだから、とろけちまうくらいに甘やかしてやるよ』
柔らかいほほえみ。どこまでも甘く優しい微笑。満ちる甘さ。
そして、耳に吐息とともに直接吹きこまれた、低い声。色をひさぐような、溢れる色香。性的で倒錯した色香。
『近いうちに、あんたのその虚勢を、ぐちゃぐちゃにしてあげるから。覚悟するといい』
ゾクリと。
足のつま先から頭の先まで、全身を撫ぜられるような感覚に襲われる。思い出すたび、息が詰まる。息ができなくなる。
――ちくしょう、
目下の内海裕也を見やる。
まだ気持ち悪いらしく、床に手をつき、苦しそうに胸元を抑えている。
――全部、全部この男のせいだ。
お前のせいで、完璧だったおれの精神の平衡が微妙に崩れ始めている。
お前のせいで…
無意識に、尻のホルダーのクナイに手が動く。
ナルトは今まで、邪魔だ、有害だと思う人間を躊躇なく殺してきた。
どうせ人間なんてゴキブリのようにどこからか勝手に沸いてくるんだから何人殺したって大した問題じゃないだろう?
その程度の気持ちだ。
一般人は殺してはいけない決まりがあるが、そんなのどうとでもできる。里一の忍者であるナルトにかかればどうにでもごまかせた。
今、こいつは、俺にとって有害だ。
…今殺してしまった方が…
冷たい金属のクナイに指が滑る。
その時。
「やーれやれ、」
内海裕也が顔を上げた。
ハッと、手をクナイから離す。どうして離してしまったのかは分からない。条件反射だった。
内海裕也は困ったようにヘラリと笑んだ。
「ちょっと気を抜くと殺気向けられちゃうんだもんなぁ」
「!」
俺は殺気を出していたのか。
忍者にとって、何も考えず殺気を出してしまうのは三流だと言える。相手に警戒させてしまうからだ。殺気を一切出さず、サッと殺してしまうのが一流であり、ナルトもそうだった。
「な、なんのことだってば…」
「いや、いいよ。たしかに、今のおれは死ぬほど情けねぇからな」
そう言って、彼はふらふらと立ちあがった。
またヘラリと笑う。
「おれはあんたを守りたいって思っているのに、おれは弱いから、情けないところばかり見せちまうな…。正直、悔しいよ。おれはあんたらみたいに忍者じゃないから、この世界でできないことがたくさんある。本当は、あんたを甘やかしてやりたいのに、甘やかすどころか対等になることさえできない…」
一瞬悲しげに笑みが歪んだが、またすぐ平素の軽薄な笑みに戻る。「ま、ありがとな、うずまき。お陰でアカデミーに着いたわ」
ナルトもすぐに平素の笑顔に戻った。「おう!」
「おれはここの権力者というか教員に、雇ってもらえないか話しに行くわ。あんたは授業に急がなきゃだろ?」
「あ、そうだったってば!」
彼は片手を挙げる。「じゃ、またな、うずまき」
「うん、またな、裕也兄ちゃん!」
ブンブン手を振りながら、ナルトは裕也から離れて行った。
扉を出たナルトのドタドタと階段を駆け降りる音を遠くに聞きながら、裕也はふらふらと歩き出し、前屈みにフェンスに凭れた。眼下に広がる里の景色。
――あいつの前では弱っちいところ見られたくなかったぜ…。
もうこれで2回目だけど。
ナルトが飛ばしたせいで、まだ頭がぐるぐる回る。
吐き気はまだおさまらない。
「…死ぬかと思ったぜ…マジで…」
そう呟いたら一気にウッと吐き気が襲ってきて、急いで口に手をあてた。
――これはしばらく喋れないな。
口を開けばゲボゲボと何かゲロチックなものが流れ出るに違いない。
裕也は口を閉じ、回復するまで、風に当たりながら、黙って里を眺めることにした。