「 4 」

 狐空の顔は仮面のために見られないが、その印象的な瞳だけは覗ける。それが己の負傷した右足首に向けられていることに気付き、裕也は咄嗟に、しかしさりげなく片手で隠した。実際気絶しそうなくらいに痛いのだが、気力で笑みを浮かべる。


「情けないところを見られちゃいましたね」

「本当に情けないな。忍者相手にはあそこまで対等に戦えたのに、こんな一般人相手にそこまでされるんじゃな。原因は何だ?」

「ただの嫉妬やひがみですよ。俺が昼間に商店街で口説いたオバサンたちの旦那が、怒っちゃったみたいで。まぁあれだけ貢がせた俺も悪いんですけどね」

「ふーん? そう」


 狐空の声は、抑揚のない平淡なものだった。自分から尋ねたくせに、あまり興味がないようだ。
 彼は裕也の脇に屈み、足を隠す裕也の手を払った。(「見ないで」と抵抗されたが無視した。)途端に息を飲む。眉根を寄せ、仮面の下で顔をしかめた。
 ――よくこんな傷で、ヘラヘラできたもんだ。
 骨が露出していた。そばに落ちている血まみれの包丁から推測するに、おそらくソレで刺されたものだ。刺されたというより、えぐられたというべきか。普通の人間なら発狂していたに違いない。神経ごとえぐられている。
 ――しかも、この包丁は、いつも『うずまきナルト』が魚屋たちから暴行を受けるときに、使われているやつだ。
 足から視線を外し、先ほど己が絶命させた男達を見遣る。暗闇の中、目をこらす。皆知った顔だ。商店街にいる、九尾排斥派の左翼の人間達。日常的に(影分身だと気付かずに)ナルトを集団で暴行する人間たち。
 ――そうか。
 狐空は裕也のリンチの原因を悟った。同時に、暗澹たる気持ちになる。鬱々とした暗いものが心を侵食する。
 ――なにが『嫉妬やひがみ』だ。大嘘つきが。
 しかしその沈んだ内心を隠し、感情の籠らない声を出す。


「医療忍術は俺の専門じゃねぇから、あとで病院に行って治してもらえよ」

「もしかして、応急処置でもしてくれるんですか? やっさしー」

「口を開くな。お前の声は虫ずが走る」


 言いつつ、印を組み、裕也の傷に手をかざす。温かな光に満たされる、細い足首。
 ――組織の一からの再生は、結構チャクラを消費するんだよな……。まだ任務中だってのに。
 チラリと裕也の顔を窺えば、彼は大きな目をさらに大きくさせていた。睫毛が長い。綺麗にカールしたそれは、髪と同じ明るい茶色。マッチ棒が3本は余裕で乗りそうだ。脂汗が滲んだ額には、前髪が貼り付いている。その彼のふっくらした唇が小さく動いた。


「すごいな、魔法みたいだ……。あんたこんなこともできるのか」


 まず、神経束が生えた。次にそれを覆うように筋組織がかぶさり、結合組織、真皮、表皮と、再生する。結合組織の再生中、血管やリンパ管がのび、中に血液やリンパ液が満ちた。このように、目紛しい足首の再生も、人体に詳しい裕也の目には理論だてられて見える。だからより一層凄いことのように思えた。
 間もなく、痛みも消え失せた。足首が自由に動く。狐空の手が離れる。


「ありがとう」


 そう温かく言った裕也は、目を三日月型に細め、柔和に微笑んだ。

 その邪気の無い笑顔を見た狐空は、対照的に、面の下で顔を苦々しげに歪めた。

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