今日は良い朝だ。みんなの騒ぐ声も今ではすっかり鳥の囀る声みたい。空気は澄んでるし、温度も気持ち良い。ぬるま湯に浸かったような温もり。

いつもと変わらない。

気分良く部屋を出て、足取りは軽く、そう距離もない部屋まで駆けてみる。

それは何も不自然ではなく。

子供に笑い掛けられたら、思わず微笑んでしまうような。そんな風に今日もわたしの体は動く。


『エース!おはよう!』


ドアを開ける瞬間にいつも気付くの。そうだ。

エースはいないんだった、って。

開いたドアの音が虚しく部屋に響いた。もう一ヶ月は経ったのにね。何も変わってないよ。ただ、エースがいないだけ。


「名前、またエースの部屋に来たのかよい」


声のする方を振り返ればマルコが笑いながらわたしの方へ近寄ってきた。

分かってる。わたしを思って辛さを隠して笑ってること。知ってるよ、他の皆がわたしを心配してくれていることも。


「朝飯が出来てる、早く食べてこいよい」


頭をくしゃりと撫でられそう言うとすたすたと反対側の方へ歩いて行った。

辛いのは皆一緒。痛みも苦しみも一緒なはずなのに、エースがいない生活に慣れないよ。


朝ごはんを済ませてから、着陸していた街へと降りた。縄張りとして守っている島の一つ。

縄張りだなんて言葉は悪いが街の人は皆優しい。この島がわたしは好き。

よくこうやって街の中を歩いたよね。


「いい女じゃねえか」


顔を上げると、そこには街の住民とは思え難い男。腰には布。ごつごつした大きな手。釣り上がった目。

ああ面倒くさい。まだこんな奴がここにいたのか。にやりと笑った顔がわたしの背筋をひんやりさせる。


「一人だろ?おれと遊ばねえか」


気持ち悪い口でわたしに話し掛けないで。同じ空気を吸ってるというだけで気持ち悪くなる。

異様に近づけて来る顔を避けながらスタスタと歩いてゆく。


「おい待てよ、ねーちゃん」


気持ち悪いな、ついてくるな野蛮人。


「ん?お前…そのマーク白ひげ海賊団か?」


しまった、ばれてしまう前に逃げないと。もっと面倒くさいことになってしまう。


「白ひげっつーと、こないだ火拳のエースが死んだらしいな。あんな馬鹿な死に方しやがって笑えるぜ。白ひげも白ひげで、そんな野郎放っとけばいいものの、自分まで死んじまうとはな!馬鹿な集団だぜ」


足が止まる。親父を笑うな。エースを、笑うな。


「そしたらお前もろくな女じゃねえな」


気付いたらわたしは思いきり男を殴っていた。ふざけた言葉ばかり話す口をめがけて思いきり。


『親父を笑うな!!エースを笑うな!!あんたがわたしたちの何を知ってるって言うの!!!?』


こいつを殴ったところで何も変わらない。きっとそうやって思い込んでる奴は海にはたくさんいるだろうから。

分かってるけど、悔しい。むかつく。


『エースはっ…エースは!!』


涙がぼろぼろこぼれる。手に、涙が落ちる。口も手も徐々に震えてゆく。


「この野郎…!女のくせにいい気になりやがって」


エースは、死んでなんか、


拳が左頬に降ってきて、わたしの体は地面に叩き突かれる。結局わたしは弱くて何も守れなくて。

打った背中から痛みがじわりと体中を汚染させる。電気が走るかのように体は上手く動けなくて、顔も痛い。


「お前の仲間は死んだんだよ」

『うるさい…!!うるさいうるさいうるさい!!』

「お前もあいつらみたいに黙ったらどうだ」


体が上手く動けないまま髪ごと掴まれる。こんな奴の言葉に引っ掛かって馬鹿かもしれない。

でも許せなくて。信じたくなくて。ふがいなくて。

拳が飛んでくる。思いきり目をつむった。戦う気力も、逃げ出す気力もわたしにはもうない。もういい。これでわたしもいっそ…


「うわ、うわああああああ!!!」


男の悲鳴が聞こえたと同時にわたしは地面へと落ちた。目を見開いたら、男が燃えている。

な、んで。

悲鳴はやがて大きくなり、男は街の方へと走り去って行った。

知ってる。見覚えがある。あの炎、この香り。


『えー、す』


その時、体中が一気に熱くなった気がした。熱く、というか暖かい。感じたことがある温もり。そうだ、エースが抱きしめてくれた時によく似てる。


『…えーすぅ…』


あったかい。すごくあったかい。


『なんで、死んじゃったのよぉ……、ひどいじゃんかぁ…』


またまだ一緒に行きたい島も、見たい景色も、過ごしたい時間もあったのに。


『一人に、しないでよ…』

「ごめんな、けど幸せだった」


振り返った。声が聞こえた気がして。思いきり振り返ってみたけど、そこには誰もいない。辺りを見渡しても人影すら見当たらない。

エースの声な気がした。

一瞬だけ首元がきゅう、と熱くなると風に連れ去られてくかのように、体から暖かさが抜けていった。


エースはもういない。

だけど、エースは生きてる。わたしの心の中にずっと生き続けてる。親父もずっと。

風が大きく吹いてわたしの髪の毛を撫でる。わたしの頬も撫でるようにして、暖かさも香りも全部連れ去っていった。




『エース、ありがとう』




拭うように風がわたしの涙をた。




わたしはこれからも生きる、エースを想って。









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あきさま*

エースがゴーストになり甦りヒロインを守るお話ということで!大変お待たせしてしまいました…!大変申し訳ないです!申し訳ないことに「ゴースト」を見たことがなく、色々想像しながら書かせて頂きました。甦るというか全くエースが出てきてなくて…、それでも世界観を壊さずに書くことを意識しながら書いていたらこんな感じになってしまいました(´`)色々と不安な点はありますが、読んで下ればなと思います!
遅くなってしまいましたが…、5万打企画に参加して下さり本当にありがとうございました(^^*)

20110419