わたしは弱い。強くなんかないし、知識に優れている訳でもなければ、あなたみたいに自信に満ち溢れている訳でもない。時々、怖くなって逃げ出したくなることがある。もう自分が嫌いになりそう。
だって、何の役にも立ててない。それにわたし、あなたの隣にいてもいいのかな。好きでいていいのかな、って一人になるとそんなことばかり考えてしまう。自己嫌悪に陥って、自分が嫌いになってふがいなくて、もう消えたくなる。今日は不寝番。ゆらゆら光る水面が見える。いっそ、この海に飛び込んで溺れてしまいたい。立ち上がって水面を見つめていると後ろから声が聞こえた。
「名前」
『…わっ!』
「なにしてんだ?」
『不寝番だよ』
いきなり現れるからビックリした…。でもこんな遅い時間に起きていることもまたビックリだ。
「そうじゃねぇ、今何考えてた?」
『別に…なんで?』
いつもならぐーすか寝てるはずなのに。どうしたのだろう。確か夏島に近づいてるはずだったけど明日は雪でも降るのだろうか。まあそれはそれでルフィは喜びそうだけど。
「だってお前、何回呼んでも気付かねーんだもん」
そう言うとわたしの頬を指先でそっと撫でた。でも違う。撫でたというよりも何かを拭き取った感じ。ルフィの指先が濡れていることに気付いたとき、それが涙だと分かった。
「なんで泣いてんだ」
『…分かんない』
それでも涙は止まってくれないようで、ルフィはわたしをそっと引き寄せて抱きしめてくれた。ルフィってこんなに大きな存在だって改めて気付くよ。子供をあやすかのように震えるわたしの頭をぽんぽんと叩く。ルフィにこんなことされるのってすごく不思議だけど、なんだかとても落ち着く。
『怖いの』
その言葉を発するのがとても重くて、出た声は自分でも驚くくらい小さかった。けれどルフィはちゃんと聞き取ってくれて、何がとわたしに尋ねた。
みんなに役に立てないと思われてるんじゃないか。わたしに出来ることはあるのか。みんなのために何か出来ているのか。 ルフィのこと好きでいてもいいのか。何も出来ないんじゃないか、いつか本当にみんなから突き放されてしまうんじゃないかって、考えてたことを全て話した。
「お前そんなこと考えてたのか」
『そんなことじゃないもん』
「バカだなぁ」
ルフィは船長だし、立場が違う。ルフィの方がバカなんだから。分からないんだよ。
「お前を嫌いになる訳ないだろう」
『…』
「そんな奴この船ん中探し回っても誰一人いねぇよ」
わたしの身体を離すとその大きな手の平でわたしの頬を包んだ。
「おれなんか尚更だ!」
目元に溜まった涙など流れてしまえ。目の前でこんなに真剣な顔して放つその言葉がどれだけわたしを支えているか。あなたが、あなたが愛しくてたまらない。
「名前がいなくなったら おれどうなっちまうと思う?」
『え…?わかんない』
するとルフィはニッと何故か嬉しそうに笑って
「死ぬぞ」
『そ、んなのやだよ』
「やだって言っても仕方ないだろ、おれは絶対死ぬ。死んじまう」
どうしてわたしなんかのために命を捨てることをそんな嬉しそうに言えてしまうんだろう。
「おれは可愛いとか美人だとか何にも比べてねえよ、よく分かんねえし。名前がいいんだ」
『…』
「ただ同じ船にいたからとかじゃねえ。世界中の女くれても名前じゃねえとおれは嫌だ」
涙が止まらなかった。悲しくてとかじゃない。不安とか怖さが溶けて、暖かくて優しくて、それが嬉しくて涙が止まらないんだ。嬉しくて、嬉しくて、大好きが溢れてくる。
「だから名前は名前だろ。”なんか”って言うな」
『…うん』
こんなにわたしを好きでいてくれる人がいるのに。わたしは何を恐れていたのだろう。こんなに幸せなのに。部屋に戻ればわたしを心配してくれる仲間がいるのに。わたしをこんなに想ってくれる人がこんな傍にいる。
普段はあんなに子供っぽくて何も考えてないような顔してるのに、ほんとは仲間のいいとこだってたくさん知ってて、わたしの全部を包んでくれる。
「よし、だからもう泣くなよ」
ぽんっと頭の上の手の平がすとんと心の中にも落ちた気がした。
泣き顔は嫌い
- - - - 20100401
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